かわらじ先生の国際講座~京都とテロリズム

「京都とテロリズム」とは物騒なテーマですね。

もちろん現在のことではありません。今から150年ほど前の幕末維新の話です。当時の京都では暗殺が日常茶飯事のようにありました。京都の中心部には、暗殺現場を記した碑がいくつもあって驚きます。

すこし紹介してください。

河原町通のアーケード街(河原町通蛸薬師下る塩屋町)には「坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地」の碑がありますし、高瀬川沿い(二条木屋町下る一之船入町)には「佐久間象山遭難之地」と「大村益次郎遭難之地」があります。下京区東洞院通五条下るには幕末の兵学者、赤松小三郎の殺害現場に記念碑が建っています。ちなみに「遭難」とは斬殺を意味します。斬殺する側だった新選組の屯所跡も壬生に残っており、観光名所として人気がありますね。

なるほど、これは現代の言葉でいえばテロリズムなのですね。

はい、政治的殺害ですから、まさにテロです。殺された人の多くは、日本が欧米の文物を取り入れ、国を世界に対して開くことが必要だと考えました。海援隊を組織した坂本龍馬は、現代の貿易商社みたいなものを構想していたようです。一方、彼らを目の敵にした人々は、日本が開国すれば欧米列強の餌食になってしまうと考え、外国勢力の排撃を唱えました。ですから、当時は日本にいる外国人も大勢暗殺のターゲットとされました。ロシア帝国の皇太子ニコライが切りつけられた大津事件は有名です。

どこか殺害の構図が現代のテロと似ていますね。

はい、そっくりです。今月の新聞にも、海外のテロの記事が載っていました。2日にはアフガニスタン東部で、選挙妨害が目的の反政府組織による爆発事件がありましたが、彼らは過激派組織「イスラム国」(IS)と関連があるとのこと。ISは欧米を敵視する狂信的な排外主義集団ですね。ドイツでは1日、外国人襲撃を目的とするネオナチ活動家たちがテロ組織を発足させ、拘束されました。中東からの難民を敵視した集団のようです。

テロリストは外国人など、自分と異質な存在を敵視するのでしょうか?

そうです。テロリストは非常に攻撃的に見えますが、そのメンタリティーは防御的で、被害者意識に凝り固まっています。外国勢力のせいで自分たちの価値観が侵され、富も奪われているのだと見なしているのです。北朝鮮によるミサイル発射や拉致もテロ行為と言えそうですが、北朝鮮もまた周囲を敵に包囲されているとの被害者意識に囚われています。

とすると、外部世界に対する不信感を取り除くことがテロを終わらせる解決策ということでしょうか?

言うは易く行うは難しですが、結局のところ、それが唯一の道です。これは他人事ではありません。今われわれが目にしているテロは、150年前の日本であり京都と同じなのです。われわれが歴史から学んだのは、孤立主義に未来はなく、歴史は常に開かれた世界の味方であるということです。そのことをテロ当事者に伝えたいものです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。