「森の匂いがした」で始まる導入は、情緒的なラノベのような印象を持ったけれど、すぐにそれは間違いだと気づきました。ピアノは鍵盤を叩くと中のハンマーが弦を叩いて音が鳴り、音色を決めるのに重要なのがハンマーにかぶせた羊毛のフェルト。ピアノが作り出す世界が「羊と鋼の森」と表現されていたのでした。調律師の道を歩み始めた外村が先輩たちや仕事先で出会う人達と関わる中で成長していく姿を描いた作品は、第13回本屋大賞を受賞し、今年映画化もされました。(映画ではベテラン調律師の板鳥役を三浦友和が演じているそうですが、私は織本順吉のイメージで読んでました)
未熟さを自覚し、将来どこまで行けるのかと不安を抱きながらもひたむきに音と向き合おうとする外村の姿が清々しく、読む者にも若い頃の純粋な気持ちが蘇って心が洗われるようです。家庭のピアノから素晴らしいピアニストが誕生したり、調律を手がけたコンサート会場のピアノで鳥肌が立つような芸術的演奏が奏でられたり。脚光を浴びるピアニストの影で名演奏を支える人がいること、缶コーヒーのCMに「世の中は誰かの仕事でできている」というキャッチフレーズがあるけど、こんな世界があったのかと新鮮でした。
大人になってから放置したままだった我が家のピアノ。何十年ぶりかで鍵盤の蓋を開けてみたくなって、「エリーゼのために」を弾こうとしたものの、音は濁ってるわ、指は動かないわで思わず苦笑。小説を読むまで考えもしなかったことを思いついた自分が、なんだか不思議です。(モモ母)
日曜に連載していた田中真弥さんの「こころ野便り」は暫く不定期で土曜に掲載予定です。