かわらじ先生の国際講座~モスクワテロと今後のロシア

No Pictureロシアで残忍極まるテロが起こりました。3月22日夜(モスクワ時間)、首都モスクワ市郊外のコンサートホールに武装した数名が侵入し、会場の市民に銃を連射し、爆発物を投じて火災を発生させたのち逃走しました。現在までのところ137人の市民が死亡し、それを上回る人々が負傷して病院で治療を受けているとのこと。実行犯たちは逮捕されたと聞きますが、テロの目的などは判明したのでしょうか?

報道によれば、この事件の直後に過激派組織「イスラム国」(IS)が関連するメディアを通じて犯行声明を出しました。翌23日には、改めて動画付きの犯行声明を出し、「多数のキリスト教徒を襲撃し、数百人を殺傷した」と述べている由です。
ロシア治安当局は、ウクライナと国境を接するブリャンスク州で実行犯4名を含む11名を逮捕したとのことで(他に2名が射殺されたようです)、ロシア側の発表によれば、実行犯の4名はいずれも外国籍(中央アジアのタジキスタン籍)で、少なくとも3名は犯行を認めているようです。
犯行声明どおりISの仕業であるとすれば(それは間違いないでしょう)、ロシアとIS間の長年にわたる確執の延長線上に起こった事件ともいえるでしょう。ロシアはシリアのアサド政権に加勢すべく、2015年にISとの戦闘を本格化させました。ISは米国を中心とする有志連合との戦いに敗れ2017年には本拠地であったシリアやイラクから駆逐されました。またアフガニスタンから米軍が撤収しタリバン政権が成立すると、タリバンと敵対していたISはさらに窮地に立たされることになりました。ISはテロという形で失地回復を図ろうとし、米欧はもとよりロシアもたびたび標的とされてきましたが、アフガニスタンのタリバンを支援するロシアはISにとって優先順位の高い敵国と考えられます。
特に近年のロシアはウクライナ戦争や、国内へ攻撃をしかける親ウクライナ「自由ロシア軍団」への防備に力を注ぎ、ISへの警戒が弱まっていたこと、また大統領選挙で「大勝利」したプーチン大統領の一挙手一投足に国際的関心が集まっていたことを考え合わせると、ISの指導部は、ロシアで大々的なテロを行うことが自らの存在感を誇示するかっこうのチャンとみたのかもしれません。ただ、このテロ事件に対するプーチン大統領の反応が不可解なのです。

No Pictureそれはどういうことですか?

テロ翌日の3月23日、プーチン大統領はこの事件に関し、国民向けのビデオ演説を行いましたが、そこでは犯行声明を出したISへの言及はなく、実行犯たちが「ウクライナ方面」へ逃亡を図ったこと、また「ウクライナ側からは国境を通過させるための窓」が開かれていたことが明かされたのです。このテロの背後にウクライナ政権の関与があることを示す発言だといえます。逃走者がウクライナと国境を接する州で捕縛されたことを考えれば、彼らの逃走ルートの先がウクライナだったという推測は成り立ちます(ただし、ベラルーシに向かっていたとの説もあり、真相は定かでありません)。
プーチン氏は大統領選挙後の3月19日、ロシア連邦保安局の幹部会で、「ウクライナは西側諸国の支援は受けながらテロ戦術に移行している」と発言したと伝えられていますので(『朝日新聞』2024年3月25日)、今回のテロをウクライナによる「テロ戦術」と関連付けようとしている可能性もあります。
ちなみに3月7日、米国政府は「モスクワで、コンサートを含む大規模な集会が標的となる可能性のあるテロ攻撃が計画されている」との情報を得て、ロシア在住の米国人に注意を喚起するとともに、ロシア政府とも情報を共有していたそうです。

しかしプーチン大統領はこれを西側によるあからさまな威嚇と断じ、真剣に受け止めなかったとの見方もあります。重武装のテロリストたちが、途中の検問にも引っかからず、易々とコンサート会場に入れたことも考えてみれば不可解で、選挙期間中、反プーチン派に対しては徹底して取り締まっていた治安機関が、テロリストにこれほど甘かったのはなぜか。いろいろ疑問は湧いてきます。

No Pictureテロの真相解明はまだまだ時間がかかりそうですし、困難だとも思われますが、この事件をプーチン政権がウクライナ攻撃の口実に利用する可能性は考えられますか?

それは間違いないでしょう。大統領選挙における圧勝は、ロシア国民のウクライナ戦争支持の証明だと見なすプーチン政権は、この戦争をさらにエスカレートさせるタイミングをはかっているところだと思います。
今までロシア政府はこの戦争を「特別軍事作戦」と呼称し、メディアにも「戦争」と呼ぶことを禁じてきました。実態をできるだけ小さく見せ、国民の反発を回避しようと努めてきたわけです。しかし大統領選挙で87.28%という圧倒的な得票率を得たプーチン大統領は、もはや「特別軍事作戦」というカモフラージュを必要としないばかりか、国民の総意として、これを祖国防衛のための「戦争」に位置付けることができるようになりました。現にロシアのペスコフ大統領報道官も、ロシア紙とのインタビューのなかで「われわれは戦争状態にある。誰もが自分の『内なる動員』のため、このことを理解する必要がある」と表明しました。

昨今、ロシア軍によるウクライナの首都キーウなどへの攻撃が激化していることも非常に気になります。ポーランド軍当局が3月24日に発表したところによると、ロシアの巡航ミサイルが39秒間ポーランド南西部の領空に侵入し、そのままウクライナ側へ抜けていったとのことです。「ウクライナから手を引け」というポーランドないしNATOへの警告ともとれる威嚇行動です。
プーチン政権は、今回のテロを外国の敵対勢力による策謀と断じ、その敵対勢力の「先兵」であるウクライナのゼレンスキー政権との戦いをさらにエスカレートさせていくかもしれません。そのために国民が動員され、ロシアがますます全体主義国家としての性格を強めていく可能性は大きいと思われます。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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