かわらじ先生の国際講座~ロシアの2つの戦勝記念日

ロシアには第二次世界大戦の勝利を祝う記念日が2つあると聞きました。 1つは5月9日の「対独戦勝記念日」、もう1つは9月3日の「第二次世界大戦終結の日」です。 これらはロシアにとってどのような日なのでしょうか?

まずは今月9日に予定されている「対独戦勝記念日」ですが、これはソ連時代に制定され、今日のロシアでも一年で一番大事な記念日とされています。 職場や学校等は休日となります。 戦勝を祝い、戦没者を追悼し、恒久平和を誓うことを趣旨とし、ナチス・ドイツ軍との戦いに勝利した旧ソ連圏の人々共通の祝日なのですが、戦時の恩讐を越え、かつての敵味方が和解を確認する日でもあり、たとえば2005年には、当時日本の首相だった小泉純一郎氏など世界50ヶ国以上の首脳も招待され、式典に参列したものです。

しかし現在はすっかり様変わりしましたね。 やはりウクライナ問題が原因でしょうか?

そう言っていいでしょう。 2014年3月、ロシアによるクリミア半島併合への制裁として、ロシアがG8から除外されました。 以後、G7となり今日に至っています。 自由民主主義国からの首脳の参加もほとんどなくなりました。 「対独戦勝記念日」も、ロシアの軍事力を世界に誇示することが半ば目的化してしまいました。 モスクワでは一万数千名の兵士や、戦車、大陸間弾道ミサイル搭載車などが市街をパレードし、戦闘機の飛行ショーも行われ、同種の催しは他の諸都市でも挙行されています。
昨年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻以来、プーチン大統領にとってウクライナのゼレンスキー政権はネオナチ集団とされています。 そして昨年5月9日、プーチン氏は式典での演説の中で「キエフの政権は、核兵器の獲得があり得ると宣言した。私達にとって絶対に受け入れられない脅威が国境沿いに作られた。 ネオナチとの衝突は避けられなかった」と述べ、対独戦で共に戦ったウクライナを今や敵扱いにしているのです。

昨年のパレードの様子を動画で見ますと、たしかにこの記念日が軍事的色彩を強め、国威発揚に利用されている感を抱くのですが、いかがでしょう?

「不滅の連隊」と呼ばれる市民パレードのことですね。 これは戦争体験者や、戦闘参加者の写真を掲げた家族らが、隊列を組んで市街を行進するもので、毎年5月9日には、ロシア全土の2000ヶ所以上で、800万人近い人々が参加するそうです。 外国にまで浸透し、ロシア系住民を中心に世界110ヶ国、500都市以上で行われているとか。
もともと「不滅の連隊」は、シベリアの都市トムスクの市民団体が2012年頃、自発的に始めたものですが、ロシア政府や与党「統一ロシア」が後押しし、大戦後70周年の2015年にプーチン大統領が参加して以来、公的な行事となりました。 「ゲオルギー・リボン」と呼ばれる黒とオレンジの縞模様のリボンを胸に付けて行進することも慣例化しています。 ところで今年は、この「不滅の連隊」が中止されることが決まりました。 式典そのものも規模が縮小されるようです。

それはなぜですか?

このところ、ウクライナ側の無人機によると思われるロシア領内への爆撃が散発的に生じており、5月9日の式典を狙って同種の攻撃が行われるのではないかとロシア政府は警戒しています。 それで安全面への配慮を優先し、大規模な催しはキャンセルになったと伝えられています。 しかしそれだけが理由かどうか・・・・・・。 私はプーチン政権の弱気と市民に対する不信感の表れではないかと疑っています。 すなわち「不滅の連隊」という一般市民の公式的な行進が、「戦争反対」「プーチン政権反対」のデモにつながることを恐れているのではないか。 ふとそんなことを考えています。

なるほど。 で、もう1つの戦勝記念日はいかなるものでしょう?

これはちょっと歴史的経緯が複雑です。 ご存じのように、日本の全権団が米戦艦ミズーリ号の甲板で降伏文書に調印したのは1945年9月2日で、国際法上、この日が日本の降伏日とされています。 ですがソ連は、翌日に戦勝記念式典を行ったことから、9月3日を「対日戦勝記念日」に制定しました。 ソ連崩壊後もロシアはこれを踏襲していましたが、2010年に、ロシア議会は9月2日を「第二次世界大戦終結の日」とする法案を成立させ、メドベージェフ大統領(当時)がこれに署名したのです。

その頃のロシアは意外にリベラルといいますか、国際的な共同歩調をとったわけですね。 つまり国際法上の慣行に合わせ、第二次大戦の終結日を9月2日としただけではなく、「対日戦勝」という文言を削除し、日本への配慮を示したわけですから。

当時のメドベージェフ政権は、中国との接近を図り、中国政府とともに戦時中の日本の軍国主義を厳しく批判し、北方領土は大戦の結果、正当にロシア領となったと強調していましたから、決して日本に対し友好的ではありませんでした。 ですから今から思えば、9月2日を「第二次世界大戦終結の日」に定めたことがむしろ不思議ですね。
この決定に対しては、ロシア極東地区の議員たちが中心となって異を唱え、記念日を9月3日に戻すこと、さらに「対日戦勝」と明記することを求め、請願運動を起こしました。 その結果、2020年にロシア議会は「第二次世界大戦終結の日」を9月3日に変更する法律を定め、プーチン大統領もこの法案に署名したのです。

記念日をソ連時代に戻したことは、北方領土問題をめぐるロシア側の対日姿勢の硬化を示すものとみていいでしょうか?

その通りです。そして昨年(2022年)、ロシアの議員らは、この記念日の名称を「軍国主義日本に対する勝利の記念日」とする法案を提出しました。法案提出の理由として、日本がウクライナを支持し、ロシアに制裁を科するなど、「非友好的キャンペーン」を展開していることが挙げられました。今のところ、まだこの法案は成立していませんが、今年あたりに名称が変更されることになるのかどうか注目しています。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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