かわらじ先生の国際講座~ゼレンスキー大統領の訪米をめぐって

ウクライナ戦争の開始から10ヶ月が経ち、いまだに停戦の兆しも見えません。そのなかで12月21日、ゼレンスキー大統領が電撃的に訪米しました。その意味や成果はどのようなものだったのでしょうか?

まずはこの訪米に前後して、ウクライナ情勢をめぐるいくつかの新たな動きがありました。それを時系列的に列挙してみましょう。

・12月16日、ロシアが来年早々にも首都キーウを再攻撃する可能性があるとウクライナ政府が懸念を表明。

・12月19日、プーチン大統領がベラルーシを訪問し、ルカシェンコ大統領と首脳会談。

・12月21日、ゼレンスキー大統領が訪米し、バイデン大統領と首脳会談を行い、上下両院合同会議で演説。米国はパトリオットの供与を含む軍事支援を約束。

・12月21日、ロシアのメドベージェフ前大統領が訪中し、習近平国家主席と会談。プーチン氏からの親書を手渡す。

・12月21日、プーチン大統領は、米国を射程内に収める新型ICBMサルマトを近々実戦配備すると発表。

こうした一連の動きを見ると、戦争当事国であるロシアとウクライナは、戦況の膠着状態を打開すべく、新たな策を講じようとしていることがうかがわれます。
特に不気味なのはプーチン氏のベラルーシ訪問です。ロシア大統領自らが赴いた以上、それなりに重大な意味があったと考えられます。ウクライナ政府が警戒するように、そう遠くない将来、ベラルーシを巻き込みながらロシア軍のキーウ再攻撃(今年の2月から3月に一度それを試み、あえなく失敗したことはご存じのとおりです)が計画されているのかもしれません。
ウクライナとしてはそれを食い止めるために、米国という強力な後ろ盾があることを改めてロシアにアピールする必要があったのでしょう。他方、ロシアからすれば、ウクライナが米国という切り札を出すならば、中国を引っ張り出して自陣営の強さを示すとともに、ICBMをちらつかせ、米国をけん制したと見ることができます。

ということは、ゼレンスキー氏の訪米はウクライナ側の要請によるものだったのでしょうか?

ウクライナ側がそれを欲していたのは間違いありませんが、米国側もゼレンスキー大統領の来訪を強く望んでいたふしがあります。報道によれば、バイデン氏は今月11日にゼレンスキー氏と電話会談した際、彼の訪米を打診し、14日に正式に招待したようです。16日にゼレンスキー氏が応諾し、18日に訪米が決まったと伝えられています。飛行移動においても米軍機が用いられ、F15戦闘機が護衛につくという厳戒ぶりでした(『京都新聞』2022年12月23日)。
バイデン政権の思惑は割とはっきりしているように思われます。ゼレンスキー氏はいまや民主主義を象徴する人物となっていますが、バイデン大統領は就任当初から世界を民主主義と専制主義の闘争の場であると表明してきました(昨年12月には「民主主義サミット」も主催しました)。中間選挙も終わり一段落したところで、改めて民主主義陣営の先頭に立つことを自国民と世界に誇示すべく、ゼレンスキー氏をいわば「広告塔」に利用したという側面があるように見受けられます。
さらに、ウクライナ戦争における米国の戦略は、ロシアを弱体化することにありますので、ウクライナを敗北させてはなりません(かりに勝利させることができないまでも)。ただ、ウクライナ国民も徹底的にインフラを破壊され、相当疲弊しています。米国が盛大にゼレンスキー大統領を歓迎し、追加の軍事支援を約束することが、ウクライナ国民の戦意を再び高揚させる効果があると計算したのではないでしょうか。
とはいえ、米国内でもウクライナ支援に懐疑的な意見は少なくありません。とりわけ先の中間選挙で下院の多数派となった共和党議員たちが多額の支援に反対を唱えています。こうした声を封じるためにも、ゼレンスキー氏を議会に招いて熱烈なスピーチをさせたかったのではないでしょうか。軍事協力の話合いだけならば、テレビ電話でも済んだはずですから。

ゼレンスキー大統領の訪米は成果をあげたとみていいのでしょうか?

マスコミの報道をみるかぎり、その効果は大きかったように見えます。彼の議会における演説は強烈な印象をもたらし、計18回もスタンディングオベーションが起こるなど、場内を熱気に包みました。しかし肝心の軍事支援は、ゼレンスキー大統領の期待を下回ったようです。ウクライナ側は「クリスマスにほしいものリスト」として、戦術地対地ミサイルATACMS、地対空ミサイルシステム「パトリオット」など5つの兵器を列挙していましたが、米国が提供を約束したのは「パトリオット」(それも1基)のみで、使用目的もあくまで防御に徹し、ロシア領への攻撃には使用しないよう釘をさされたのでした。また、米国では来年1月に新議会が発足しますが、ウクライナ支援に対する消極的な声が高まる可能性もあります。そうしたことを勘案すれば、必ずしも成功とは言えないかもしれません。

では、奇しくもゼレンスキー氏の訪米と同日に行われた中露会談のほうはどうでしたか?ロシア側は中国から何か引き出すことができたのでしょうか?

報道によれば、会談は終始和やかな雰囲気のなかで行われ、両国の広範な協力関係が確認されましたが、わたしは習近平氏のウクライナ問題に関する発言に注目しました。習主席は「すべての関係国が理性と抑制を保ち、包括的な対話を行い、政治的な方法を通じて安全保障分野における共通の懸念を解決することを望む」と表明したのです。つまり中国はロシアに対し軍事的加担をしないことを明確にしたわけで、むしろロシアの侵略行為をとがめたと見ることもできます。
要するにウクライナもロシアも、米国や中国との関係強化を前面に押し出すことによって状況打開を図ろうとしたものの、決め手となる要素を欠き、戦争続行のまま年を越すことは確実な情勢です。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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