近藤史恵の「ときどき旅に出るカフェ」が面白かったと言ったら、同じ作家のこのシリーズも是非読んでと薦められたのが「タルトタタンの夢」。下町のフレンチレストラン「ビストロ・パ・マル」を舞台に、料理にまつわる謎やちょっとした事件を三舟シェフが解く短編集で、「ヴァン・ショーをあなたに」「マカロはマカロン」の続編も出ています。「シェフは名探偵」として西島秀俊主演でドラマ化もされた様です。和菓子にまつわるミステリーを扱った坂木司の「和菓子のアン」の料理版といった感じ。「パ・マル」でギャルソン(給仕係)として働き始めた「ぼく」こと高築智行が語る形で物語が描かれ(ただし「ヴァン・ショーをあなたに」には客の視点で描かれていたり、三舟シェフのフランス修業時代が描かれたものも)、三舟を支える志村シェフやソムリエの金子という4人のパ・マルのスタッフにそれぞれ個性があって、読者もビストロの常連客になった様な気持ちで楽しめます。
「タルトタタンの夢」の中で特に好きだったのが「オッソ・イラティをめぐる不和」と「割り切れないチョコレート」。台風の夜に店を訪れた常連客の脇田の妻が突然出て行き、その理由が脇田には解らない。どうやらフランス旅行の土産に買ったジャムを食べたのが原因らしい。オッソ・イラティというバスク地方の羊のチーズにそのジャムをつけると複雑な味がして美味しいんだとか。人の話を聞かない夫に切れる妻の気持ちがよくわかるエピソードです。チョコレート専門店の詰め合わせが23個入り、19個入り、29個入りとわざと中途半端に設定するショコラティエの気持ちも素敵です。フランス料理に詳しい人は勿論、私の様にあまり詳しくない者でも、へえ~フランスにはそんな食習慣があるのかとか、そんな料理法で作られていたのか等々、食いしん坊には楽しいシリーズ。そして料理やお菓子を扱いながら、描かれてるのは大事な人への思い、料理はそれを表現するものというのがこの作品の魅力です。
続編の表題作「ヴァン・ショーをあなたに」はワインと香料を温めて作るホットカクテルのヴァン・ショーを巡るお話。ストラスブールのクリスマス・マーケットに出ている屋台の中でも飛び切り美味しいのがミリアムおばあちゃんが作るヴァン・ショー。なのに今年は出さないというおばあちゃん。理由は娘婿が飲んだと思っていたおばあちゃん自慢のヴァン・ショーを窓の外に捨てていたと知ったから。でも、彼が捨てていた理由は??3冊目の「マカロンはマカロン」の最初の作品「コウノトリが運ぶもの」はフレンチのシェフだった亡き父が娘に残した陶器の鍋にまつわるお話。コロナの影響で外食しなくなって久しいけれど、美味しそうな料理と、愛情込めて作る料理人のエピソードで心が満たされました。(モモ母)