かわらじ先生の国際講座~ウクライナ戦争の現況

ロシアのウクライナ侵攻から早5ヶ月と10日が経ちました(2022年8月1日現在)。戦況は一進一退で、膠着状態に入ったように思われますが、双方共に矛を収めるそぶりも見せず、国際社会も停戦仲介の努力を半ば放棄したように感じられます。この戦争は当事者が止めようとしないかぎり終りそうにありません。改めて問いたいのですが、いったいロシアの戦争目的は何なのでしょう?

プーチン政権の主張を要約すれば、目的は3つに分類できます。第1は、ウクライナ政府に迫害されてきたとされる「親露的」な東部ルハンシク州とドネツク州(ドンバス地方)の「解放」、第2は、ウクライナ国家の「非ナチ化」と「非軍事化」、第3は、帝政ロシアの版図であった南部諸州の占領(ロシアからすれば「奪回」)です。ロシアのラブロフ外相は、7月20日のインタビューにおいて、南部の「へルソン州、ザポリージャ州やその他の地域も」ロシアの制圧対象となることを明言しました。
第1と第3の目的である東部と南部をロシアが仮に奪取すれば、2014年に併合したクリミア半島と合わせ、ウクライナ領の4分の1から3分の1がロシアの支配下に入ります。また第2の目的を換言すれば、ゼレンスキー政権を解体し、残ったウクライナ領土もロシアに従順な属国とすることです。
以上が達成されたとき、プーチン大統領は「特別軍事作戦」と称する侵略戦争をとりあえずは終了するのでしょう。「とりあえず」と言うのは、歴史的にロシアが「小ロシア」と呼んできたウクライナ全土をロシアに統合することがプーチン氏の過去の言動からみて、最大目標だと推測されるからです。

そんな無謀な目標をどうやって実現しようというのでしょうか?

まず東部に関してですが、国防省は7月3日、ルハンシク州を完全制圧したと発表し、ウクライナ軍も撤退を表明しました。ドネツク州も制圧間近と伝えられていましたが、この数日、ウクライナ側が攻勢に転じ、むしろロシア軍が押し戻されているとの報道がなされています。
南部についてみれば、ロシアは3月上旬にヘルソン州を制圧したと宣言し、ザポリージャ州の北部を除く約7割も占拠したとされるものの、最近になって南部戦線におけるウクライナ軍の攻勢が強化されています。ここに来てロシア側の進攻が失速しているのは、軍部隊の疲弊や損耗の激しさも無論大きな要因ですが、米国のウクライナへの軍事支援、特に高機動ロケットシステム「ハイマース」の提供が効果を上げているためと見られます。ウクライナ軍は7月27日、ヘルソン州のドニエプル川に架かるアントノフ大橋を「ハイマース」により攻撃するなど、ロシア軍の補給路を遮断する作戦を活発化させ、その戦力を大幅に減退させたといわれます。おそらくそれへの報復なのでしょうが、翌28日、ロシアは数週間ぶりにウクライナの首都キーウ近郊にミサイル攻撃を行い、十数名を負傷させました。
春から夏にかけ、ロシアの支配地域が一気に拡大するかとも思われましたが、米国をはじめとするNATOの軍事支援によってウクライナ軍は息を吹き返した感があります。ゼレンスキー大統領はアントノフ大橋を損壊させた日のビデオ声明で「軍事、外交、その他あらゆる方法で、すべての領土を取り戻す」との決意を表明しました。

ウクライナの失地回復も可能性が出てきたということでしょうか?

それは難しいと思います。たしかに欧米から兵器は入ってきますが、ウクライナ兵の疲弊や損耗も著しく、政権内部にも罅が入り出しました。7月17日、ゼレンスキー大統領は検察と保安局トップを解任しましたが、配下にある職員60名以上がロシア側に寝返ったのを見過ごしたことへの懲戒でした。また欧米から提供された兵器が横流しされているとの報もあり、ウクライナ当局のモラルの低下も指摘されています。
ウクライナ難民も膨大な数に上っています。6月16日に国連が発表した統計によれば、ウクライナ国内で避難した人は700万超、国外に脱出した人は600万超とのことですが、家を失った人の数はさらに増えているはずです。なかなかわが国では報道されませんが、ウクライナ国民の厭戦気分は相当広がっているものと推測されます。こうした国民感情を巧みに利用しつつ、ロシアはウクライナ諸地域の「ロシア化」を推進しようとしているようです。

具体的にどう「ロシア化」を進めているのですか?

ロシアの支配地域において、ロシアの身分証を精力的に発給したり(つまり国籍をロシアに変えさせているわけです)、ロシア通貨を流通させたり、傀儡の地方行政府を設立し、ロシアへの併合手続きの準備を進めたりといったことです。さらにその地域の住民を大量にロシアへ連行し(ロシア側に言わせれば「保護」ということになりますが)、「選別収容所」に入れ、人権を蹂躙するようなことを組織的に行っているとの報道もありますが、実態は不分明です。
ウクライナ南部のヘルソン州とザポリージャ州でも、ロシアの軍や治安当局を中心に「軍民行政府」が設立され、今秋にはロシア編入のための住民投票を実施する意向のようです。ロシアでは9月11日に統一地方選が行われますので、それに合わせ両州で同時に投票を行う案も検討されている由です。反対票を投じることが明らかな者は事前に排除されるでしょうから、結果は行う前から明らかでしょう。
このような一方的なロシアへの編入作業が順調になされたとして、クリミア併合と同じように推移するとは到底思えません。ゼレンスキー政権も欧米諸国も座視することはあり得ないでしょうから。市井の人々の生活を破壊しながら、ロシア軍とウクライナ軍の攻防はまだまだ続きそうです。
————————————
河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 21

Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 30