かわらじ先生の国際講座~プーチン大統領のイラン訪問

ロシアのプーチン大統領が外交を活発化させています。7月19日にイランの首都テヘランを訪問し、イラン及びトルコとの首脳会談を行いました。すでに6月末にはタジキスタンとトルクメニスタンに出かけていますが、旧ソ連構成国以外を訪れるのは初めてです。
米国CIAのバーンズ長官は、7月20日にコロラド州で開かれた会議で、プーチン大統領は「全くもって健康」との見方を示しました。実際、メディアが伝えるプーチン氏は往時の活力を取り戻したかのように精力的に見えます。今回のイラン訪問は、何を企図したものなのでしょうか?

今回の3ヶ国首脳会談は、シリア内戦をめぐり2017年1月に開始された和平協議の一環と位置づけられます。これとは別に、ロシア・イラン、ロシア・トルコの2国間首脳会談も行われましたが、主要テーマの一つはウクライナ問題でした。特にトルコのエルドアン大統領とはウクライナ産穀物の安全な輸出航路の確保に関する話合いがもたれました。

成果は見られたのでしょうか?

プーチン氏にとっては個々の問題の実務的解決よりも、米国を念頭に置き、中東におけるロシアの足場の強化を誇示するほうが重要でした。その意味では成功したといっていいでしょう。
イランのハメネイ師は、ロシアのウクライナ侵攻に理解を示し、「ロシアが主導権を握らねばNATO側が先手を打っていただろう」と述べ、「NATOは危険な存在だ」「西側の欺瞞に対する警戒が必要だ」と訴えた由です(『日経新聞』2022年7月21日)。
イランがロシアに軍事用無人機(ドローン)を提供し、ウクライナ侵攻に加担するのではないかとの疑惑もありますが、いまのところイラン政府はそれを否定しています。
イランは米国から核開発を理由に制裁を受けており、ロシアと同じ立場にあります。しかも米国は、イランと対立するイスラエルやサウジアラビアを味方につけ(バイデン大統領は7月13日~16日、両国を訪問しました)、対イラン包囲網を形成しようとしています。ですからイランはロシアとの連携を強め、巻き返しを図る必要に迫れているのです。

とすると、NATO加盟国であるトルコの立場がよくわかりません。NATOの一員であれば米国との同盟国のはずですが、なぜロシアやイランとも接近するのでしょう?

そこがエルドアン大統領のしたたかなところと言いますか、むしろトルコという国の独自性なのです。中東の盟主をもって任じるトルコは、相手が米国であれロシアであれ、おもねることがありません。自らの国益のために自立した行動をとるのが常で、またそれを可能とするオスマントルコ以来の威信と「地政学」的な強み(黒海の管轄権など)をもっているのです。
実はシリア問題に関しては、トルコは米国の盟友で、ロシア・イランと対立しています。ロシアとイランはシリアのアサド政権の後ろ盾となっていますが、トルコは米国とともに反政権派を支援しています。
さらにシリア情勢を複雑にしているのは少数民族であるクルド人で、彼らは政権派でもなければ反政権派でもありません。独立を目指すシリア内の第三の勢力なのです。シリア北東部を実効支配するクルド人の武装勢力「人民防衛隊」(YPC)はトルコと犬猿の仲で、エルドアン大統領はかねてよりYPCへの軍事攻撃を主張しています。しかしロシアとイランは、そうした軍事行動は地域全体の安定をゆるがすと反対し、今回の首脳会談でも、エルドアン大統領に思いとどまるよう説得したようです。われわれとしては「それならウクライナへの軍事侵攻はどうなのだ」と言いたくなるところですが……。
ともかくシリア情勢に関する三者会談では、シリアの各勢力に対話を促し、新憲法制定に向けて協力することで一致しました。次はロシアで継続審議するとのことです。

ウクライナの穀物の黒海からの安全輸送については進展がありましたか?

この問題については、7月13日にトルコのイスタンブールで、仲介役のトルコと国連、それにロシア、ウクライナ代表による4者協議が行われました。プーチン大統領はエルドアン氏に対し、この協議に満足し、トルコの仲介に感謝する旨を伝えましたが、一方で、ウクライナの穀物の輸送を認める条件として、ロシアの穀物輸送に対する制裁を全面的に解除すべきことを求めました。とはいえ、プーチン大統領は合意する意志を固めていたものと思われます。というのは、早くも7月22日に、ロシアとウクライナにより、黒海の港からのウクライナ産穀物輸出に関する合意文書が調印されたからです。

しかし合意翌日の23日、ロシア軍はまたもやオデーサの港を巡行ミサイルで攻撃しました。合意を守る気などないのではありませんか?

ロシア政府も攻撃の事実を認めました。ただ標的は軍事施設だったと弁明しています。ロシアの誠実さが疑われてもしかたありませんね。ロシアとて自国産の穀物輸出が制裁により禁じられていることは大きな痛手となっています。その制裁を緩和してもらうためには誠実に合意を履行しなくてはならないことは百も承知のはずです。このミサイル攻撃がロシア軍内の指揮系統の混乱による「事故」だったのか、意図してのことだったのか、今後の推移をもうすこし見守る必要がありそうです。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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