かわらじ先生の国際講座~ロシアから見たウクライナ

昨年末から今年にかけて、ウクライナ情勢が緊迫の度合いを強めています。ロシアはウクライナとの国境地帯に十数万人規模の軍部隊を結集させ、かたやNATO諸国も米国を筆頭にウクライナ周辺国に軍備を増強させています。ロシア軍は明日にでも侵攻を開始する可能性があるとの見方もあります。

そもそもロシアはなぜウクライナを軍事侵攻しようとしているのでしょう?

ロシアのプーチン大統領は今も軍事侵攻の意図をきっぱりと否定していますが、実際の行動を見れば、一気に攻め入る態勢を整えていると言わざるを得ません。まずはロシア側の思惑をわたしなりに整理してみます。第一に指摘したいのは、ロシア人にはもともとウクライナを独立国として尊重する意識があまりないということです。

それはなぜですか?

現にウクライナは、ソ連が崩壊するまで一度も独立国だったことはないのです。帝政ロシア時代以来、常にロシアの一部でした。20世紀初頭のロシア革命によりソ連が生まれると、今度はソ連の一部となったのです。そして1991年末のソ連崩壊により、歴史上初めて独立国になったわけです。
むろん帝政時代にも、たびたび独立運動は起こりましたが、そのつど鎮圧されてきました。帝政期の頃からロシア人は、ウクライナ地方を「小ロシア」と呼んでいました。ここには「長兄」であるロシア人が「弟分」であるウクナイナ人をちょっと見下しているニュアンスもあります。

では、今日のウクライナはどんな国なのですか?

ウクライナ人もロシア人も同じ「スラブ民族」に属し、言語的にも似通っています。ウクライナの面積は日本の1.6倍ほど、人口は日本の3分の1の約4200万人です。東西に伸びている国で、西側はポーランド、スロバキア、ハンガリー、ルーマニアなどの旧東欧、現在のEU・NATO加盟国と国境を接し、東側はロシアと隣り合わせになっています。
地理的にも、ウクライナの西半分の人々は欧米に親近感をもち、EUやNATOへの加盟に積極的です。他方、東部の人々はロシアに親近感をもち、日常的にもロシア語を使っています。

ウクライナ国民の意識も二分しているということでしょうか?

大づかみに言えばそういうことになります。ウクライナ国内では、親欧米派と親ロシア派の対立が独立以来、30年間ずっと続いているのです。2014年には、両勢力による衝突が起こり、内戦に発展して約14000人が死亡しました。親ロシア派の保護を名目にロシアが介入し、その拠点であったクリミア半島を併合してしまったのはご存じのとおりです。
ロシアと国境を接するウクライナ東部(ドンバス地方)は、勝手に独立を宣言し、「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」という2つの国をウクライナ国内に創設していますが、国際社会は承認していません。さすがのロシアも独立は認めていませんが、その自治権は擁護しています。

ウクナイナはなかなか統一した国民国家をつくれずにいるということですか?

そういうことです。今のウクライナは国内に「三重苦」を抱えています。すなわち(1)親欧米派と親ロシア派の対立、(2)為政者の政治腐敗と足の引っ張り合い、(3)経済不振です。
政治家のていたらくに愛想を尽かした国民は、2019年の大統領選挙で、政治に関しては全く素人の喜劇俳優ゼレンスキー氏を当選させました。しかしゼレンスキー氏もこの「三重苦」に打つ手無しで、その上コロナ禍も加わり四苦八苦の状態です。親欧米派である大統領は欧米、特に米国の支援を強く求めています。
本来ならウクライナは、EUに加盟し経済的恩恵を受けたいところですが、貧しく政治腐敗も甚だしいため、EU加盟の要件を満たしているとは言えません。そこでゼレンスキー大統領は、まずNATOに入ろうと昨年、米国に急接近しました。ロシアをライバル視する米国に軍事拠点を提供するという恩を売ることにより、経済支援という見返りを求めたかっこうです。
これにロシアのプーチン大統領は反発しました。ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアの国境沿いにその軍事拠点が築かれる可能性もあります。これを阻止すべく、ロシア軍をウクライナ国境に配備し、もしウクライナがNATOに入れば、ロシアは何をするかわからないぞと脅しをかけているのが今の状況ではないかとわたしは見ています。

単刀直入にききますが、戦争は起こるのでしょうか?

本当のところ、だれも戦争は望んでいません。まずウクライナですが、2014年の内戦で約14000人の死者を出しましたが、次に戦争になれば、犠牲者はその数倍、いや数十倍になるでしょう。国家は破綻します。欧米諸国も、この紛争に介入して自国兵士が死傷すれば国内世論が許さないでしょう。大量のウクライナ難民が押し寄せることと思いますが、その面倒をみる余裕もありません。特に欧州は、ロシアから輸入している天然資源も途絶えてしまいます。ロシアにとっても大変なことになります。かりに軍事侵攻が成功しウクライナ(の一部)を占領しても、ロシアにはウクライナ人の面倒を見る経済的余力はありません。また、親欧米派と親ロシア派の対立を今度はロシアが国内に抱え込むことになり、ロシア自体が紛争地帯と化してしまいます。強化される欧米諸国の制裁により、ロシア経済も限界まで追詰められてしまうかもしれません。

それでも戦争が起こるとすれば、どのようなシナリオが考えられますか?

武装したウクライナ国内の親欧米派、親ロシア派のどちらかが攻撃をしかけた場合、ロシア軍は親ロシア派の救援要請を受け、国境を越えることになるでしょう。そして親ロシア派の支配地域を一気に占拠することになるだろうと予測します。そうなれば、ウクライナ軍もNATOの援護を受けつつ徹底抗戦という事態に陥り、泥沼の戦争になるかもしれませんが、結局ウクライナは、親欧米派の支配地域と親ロシア派の支配地域に二分割され、前者は直ちにNATOに加盟し、後者はクリミアと同様、ロシアに併合されることになるかもしれません。
このようなシナリオを食い止めるために今一番望まれるのは、戦争の挑発に乗らないウクライナ国民の自制力と、親欧米派と親ロシア派の対立をエスカレートさせないような政策、とりわけゼレンスキー大統領の指導力ではないかと思います。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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