各種の世論調査によれば、菅内閣の支持率は政権発足後、最低の数字を示しており、新型コロナ感染症対策に携わる閣僚は、西村経済再生担当大臣にしろ、田村厚生労働大臣にしろ、きびしい批判の矢面に立たされています。今年1月に輿望を担ってワクチン接種担当大臣を兼務することになった河野行政改革担当大臣も、5月12日、ワクチン予約の混乱を自分の失敗だと謝罪するなど、うまくいっていません。
政府の対応がことごとく後手に回っているようにみえるのですが、そのなかで、自衛隊がワクチンの大規模接種センターを運営することになり、そのトップの責任者である岸防衛大臣の評判は割といいように思えるのですが、いかがでしょう?
この大規模接種センターについては急ごしらえの面があり、架空情報を使っても接種予約が出来てしまうことを朝日新聞や毎日新聞が実証しました。これに対し岸大臣はTwitterで「極めて悪質な行為」だと両社を批判しました。
自衛隊大規模接種センター予約の報道について。
今回、朝日新聞出版AERAドット及び毎日新聞の記者が不正な手段により予約を実施した行為は、本来のワクチン接種を希望する65歳以上の方の接種機会を奪い、貴重なワクチンそのものが無駄になりかねない極めて悪質な行為です。— 岸信夫 (@KishiNobuo) May 17, 2021
これは大臣の「逆ギレ」だとか、実は日経新聞も同じ調査をしたのに、政府に批判的な朝日と毎日だけを批判するのはおかしいとかいった声がネットにあがり、すこし話題になりましたね。岸大臣は予約システムに不備があることを認めたものの、短期間で抜本的な改善をすることは不可能と釈明しました。
非は防衛省側にあるのですが、朝日や毎日も悪いといった空気のなかで、特に大臣が責めを負うわけでもなく、この件はうやむやになってしまった感があります。
拙速ではあれ、コロナ禍という国難に際し、自衛隊が本格的な活動に乗り出したことを世論は好意的に評価していることの表れとみていいでしょうか?
そうだと思います。昨年末も、医療機関が危機的状況にある北海道や大阪府に自衛隊の看護官が派遣されましたが、国防を主務とする自衛隊がこのように動員されることに対しては、ネット上でも同情論や賛辞が多く見られました。
もともと国の防衛、国際協力と並んで、国内における災害派遣も自衛隊の大きな任務の一つでしたが、これからは対コロナ対策に限らず、国内問題に防衛省・自衛隊が関与する度合いが増していくものと考えられます。それにともない、防衛大臣の重要性も増大するとみていいでしょう。
その点をもうすこし具体的に説明してもらえますか?
ご承知のように、4月22日と23日の2日間、米国のバイデン大統領が主催する気候変動サミットが開催されました。これには岸防衛大臣も参加し、安全保障面から気候変動問題を考える分科会でスピーチを行いました。
岸氏は「安全保障と気候変動問題は決して切り離して考えることはできず、気候変動への対応を取りまとめて検討を深化させていきたい」と述べていますが、まるで小泉環境大臣の役目の一部まで引き受けるかのような発言です。気候変動問題は国内政治に深く関わるテーマですから、それが安全保障とリンクされるということは、防衛大臣の重要性がそれだけ増すことを意味します。
安全保障面については岸氏をどう評価しますか?
岸大臣になって欧米諸国との防衛協力が活発化している点が注目されます。最近の事例をいくつか挙げますと、まず4月13日、日本とドイツは初の外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)をテレビ会議方式で開き(日本側は茂木外相と岸防衛相が参加)、中国などを念頭に、連携していくことを約しました。この夏ドイツは、海軍艦艇をインド太平洋地域に派遣する方針で、自衛隊との共同訓練を行う予定です。
日仏の軍事協力も加速しています。2月下旬から4月上旬にかけて、海上自衛隊とフランス海軍は計4回、九州方面やアラビア海で共同訓練を実施しましたが、5月半ばには陸上自衛隊、米海兵隊、仏陸軍による訓練が九州の霧島演習場で行われました。
さらに4月下旬、英国が空母「クイーン・エリザベス」を含む艦船をインド太平洋地域に向けて派遣することを発表すると、同月27日の閣議後会見で、岸大臣は「日英関係が新たな段階に入ったことを示す象徴」だと歓迎の意を表しました。
このような動きをみると、岸氏は国際的な政治家としても着実にキャリアを積み上げ、知名度を上げているように思われます。オフィシャルウェブサイトのプロフィールによれば、住友商事に入社後、商社マンとして米国、ベトナム、豪州などに勤務した経験もあり、外国づきあいも慣れているようです。
『日経新聞』5月20日付は、前日に岸大臣と行ったインタビューの内容を公表していますが、それを読むと、「台湾の状況は我々の問題」であるとか、「防衛費、GDP1%枠にこだわらず」といった刺激的な発言を行っています。決してハト派の人士ではありませんし(逆に、岸信介を尊敬する筋金入りのタカ派と言っていいでしょう)、日華議員懇談会の幹事長を務める親台湾派として知られる人物です。
1959年生まれですからそんなに高齢というわけではありませんが、一時代前のといいますか、自民党代々の古いタイプの価値観をもった政治家とのイメージがあります。今のところ「岸氏を次期総理に」といった声を聞きませんが、ひょっとすると保守本流の切り札として、彼を首相に担ぎ上げる動きが出ないともかぎりません。元商社マンだけあって如才なく温厚な人柄に見えますが、それだけに国民からの反発も少なく、万一トップに立つようなことがあれば、安全保障その他の面で、思い切った舵取りをしそうな気配を感じます。目の離せない政治家の一人になりつつあるように思われます。
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