米国のバイデン政権は2月25日、シリア東部にある親イラン派武装組織の拠点を空爆しました。バイデン政権による初の軍事行動となりますが、その理由は何ですか?
この空爆の10日前の2月15日、イラク北部の米軍駐留拠点の近くにロケット弾による攻撃があり、米国人を含む10名以上の死傷者を出しました。また22日にも在イラク米大使館がある旧米軍管理区域に攻撃がありました。米政府は親イラン派の武装勢力によるものと断定し、それへの報復を行ったのです。
米国防総省は、「相応の軍事的対応」をとったのであり「バイデン大統領はアメリカと連合国の人員を守るために行動する」と述べました。同時に「シリア東部とイラクの全体状況を鎮静化させるための、慎重な行動」だとも言い添えています。
なるほど。今回の空爆はあくまでも防衛的なものであって、シリアやイラクへ戦火を拡大するつもりがないことはわかりましたが、このような軍事行動はバイデン大統領のイメージと合わない気がします。その点はどうでしょう?
たしかに対立よりも和解を訴えてきたリベラル派のバイデン氏らしからぬ決定ともみえます。実際、民主党議員からも強い批判が出ています。たとえばカナン議員は「議会の許可もなく、差し迫った脅威に対する自衛でもない軍事攻撃を大統領が許可することは全く正当化されない」と非難しました。
それにもかかわらず、バイデン政権が政権発足後1ヶ月半で軍事力の行使に踏み切ったということは、単なる防衛や報復といったこと以上の目的があったようにも思えるのですがどうでしょうか?
2つの目的が考えられます。第一は、政界内の「タカ派」や、毅然とした姿勢を求める国内世論(の一部)、そしてアメリカの決断力を見極めたい国際社会へのデモンストレーションです。つまり対話重視のバイデン政権とて、いざとなれば軍事力の行使もいとわないのだという「強さ」を、政権発足後早い段階で示すことが肝要だと判断したのでしょう。
では、もう一つの目的は?
こちらのほうがより重要ですが、イランに対する働きかけです。バイデン政権は、トランプ前大統領が次々に離脱してしまった国際的取り決めに復帰しようとしています。トランプ氏はパリ協定やイラン核合意から離脱し、WHOからの脱退も表明し、ロシアとのINF全廃条約も破棄してしまいました。これに対しバイデン大統領は早速パリ協定やWHOへの復帰を決めました。そして2月半ばにはイランとの核合意に復帰すべく、イランと対話を行う方針を打ち出したのです。しかしイラン側は、トランプ前大統領が発動した経済制裁を先に解除しないかぎり交渉には応じられないと主張し、米国政府はその条件はのめないとの立場をとっているため、平行線をたどっています。バイデン大統領としてはイランを交渉のテーブルにつかせるべく、今回の空爆によってイラン側に圧力を加えたとみることができます。
なぜこの空爆がイランへの圧力になるのですか?
冒頭にも述べたように、空爆のターゲットになったのは親イラン派武装組織の拠点です。米国側はこの武装組織がイランの指示によって行動していると見なしています。すなわち彼らへの攻撃は、間接的ながら、イランへの攻撃だという理屈になるわけです。
それでこの空爆は奏功したのでしょうか?
どうも裏目に出たのでないかとわたしは危ぶんでいます。というのは3月3日、イラク中西部の米軍基地に少なくとも10発のロケット弾が撃ち込まれ複数の負傷者が出ましたが、これは先の米軍による空爆への報復と考えられるからです。すなわち武力に対しては武力という報復の連鎖を招いてしまったのです。
また、親イラン派武装集団が本当にイランの傀儡かどうか、必ずしも確証があるわけではありません。イラン政府はその関係性を否定していますし、武装集団自体、大義はイランと共有しているにせよ、独自の意志決定で動いていることも否定できず、イラン政府のコントロール下にあるとは決めつけられないためです。米国による空爆がイラン政府を動かす効果を持ち得たのかやや怪しいのです。
とすると、イラン核合意に立ち戻るための交渉はかえって遠のいたということでしょうか?
そうです。ただし、今回の空爆のある無しにかかわらず、バイデン政権としてはそう簡単にイランと交渉するわけにはいかなくなっています。トランプ前大統領がイランとの核合意から離脱し経済制裁を科して以来、イラン側も態度を硬化させ、今までの合意を反故にしているせいです。従来の合意においては、イラン側に許されていたウランの濃縮度は3.67%でしたが、現在は一方的に20%に高めています。ロウハニ大統領は、これは議会で決定した民意であると論じ、引き返すことはあり得ないとの立場をとっています。覆水盆に返らずの諺どおり、もはや従前の核合意に戻ることは難しいでしょう。
それを聞くと不安な気持ちになりますが、イランは本気で核保有国入りを目指すつもりなのでしょうか。
核兵器製造に必要なウラン濃度は90%ですから、現在の20%とはだいぶ開きがあります。もとの合意に戻ることは困難にせよ、イランに核兵器を持たせないための手立てを講じる余地はまだあります。現にイラン政府は日本やEUに対し、米国が経済制裁を解除するよう働きかけてほしいとのメッセージを送っています。つまりイランもそれなりの妥協をする用意はあるはずなのです。われわれとしては、イランを核保有国にしないことが大前提ですから、この問題に対しては、日本を含め、国際的な関与を増やしていくことが必要だと思います。
新型コロナウィルス対策やワクチン供給問題などで各国とも外交的余力があまりないように見受けられますが、中東情勢に目を向けることは非常に重要です。ローマ教皇が中東和平を訴えるべく、3月5日から4日間の予定でイラクを訪問していますが、その影響や成果にも注目したいところです。
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