ミャンマーでは2月1日、国軍がクーデターを強行しました。アウン・サン・スー・チー国家顧問、ウィン・ミン大統領、政権与党である国民民主連盟(NLD)の主要幹部などが拘束され、国軍トップのミン・アウン・フライン総司令官が立法、行政、司法の全権を掌握し、非常事態宣言を発令しました。これに対し、ミャンマー各地で国民による大規模な抗議デモが続いており、米政権はミャンマー国軍の幹部らに制裁を科することを発表しています。今後の展開が非常に懸念されますが、そもそもなぜ国軍はクーデターを起こしたのでしょう?
まずはざっと国軍の歴史を振り返ります。話は第二次世界大戦中にまで遡ります。日本軍はミャンマー(当時はビルマと呼ばれていましたが)を占領した際、宗主国であった英国と戦わせるためビルマ独立軍を作らせます。同軍は英国だけでなく日本の支配に対しても闘い、こうして1948年に国家の完全な独立を達成します。ちなみにアウン・サン・スー・チー女史の父親はビルマ独立軍リーダーのアウン・サン将軍で「ビルマ建国の父」と呼ばれる人物です。スー・チー女史が国民に慕われる理由の一つには「アウン・サン将軍の娘」であるという側面もあるのです。
つまり国軍は国民の信望を集める存在だったわけですね。
そうです。第二次大戦後の政治的混乱のなかで、国軍は権力を掌握し、約半世紀のあいだ軍政を敷いてきました。しかし、国内における民主化要求の高まりに抗しきれず、2008年に新憲法を制定し、2010年に20年ぶりで総選挙を行いました。国軍は「連邦団結発展党」(USDP)という政党を作り、総選挙後、この政党に政権を担わせたのです。実質的には軍が政治をコントロールしていましたが、形式的には民政へ移行したわけです。
ところが2015年の総選挙では、USDPが惨敗し、スー・チー氏が率いるNLDが大勝しました。こうしてNLD政権が成立し、スー・チー氏を国家顧問(実質上のNo.1)として、ミャンマーの政治は民主化へと舵を切り、軍の影響力が弱まりました。ついでながら、スー・チー氏が大統領に就かなかったのは憲法上の理由によります。彼女の亡夫と息子は英国籍ですが、現行憲法では外国籍の親族がいる場合、大統領資格がありません。
国軍は威信の低下を恐れ、危機感を強めたでしょうね。
はい。そして昨年(2020年)11月、5年ぶりに総選挙が行われたのですが、結果はNLDの圧倒でした。国軍はこの選挙に大規模な不正があったと反発し、やり直しを要求したもののNLD側はその言い分を認めず、国連などの選挙監視団も「選挙は公正に行われた」との立場をとり、国軍側の言い分を否定しました。この選挙結果を踏まえ、2月1日には議会が招集されることになっていましたが、その当日にクーデターが起こったのです。
議会が招集され、組閣が行われてしまえば、いよいよ自分たちの影響力はなくなると国軍は考え、それを阻止する行動に出たと見ていいのでしょうか?
実は選挙結果がどうであれ、憲法により国軍の政治力は予め保障されているのです。議席の4分の1は軍人枠とされており、これに国軍系議員を加えれば、議会でそれなりの勢力を維持できます。また国防大臣、内務大臣、国境担当大臣は国軍に指名権があります。大統領と2名の副大統領のうち、1名は軍関係者ということも決まっています。
NLDは国軍の政治力を排除すべく、前々から憲法改正を公約にしてきましたが、憲法を改正するためには議員の4分の3以上の賛成を得なくてはなりません。しかし先に述べたように、4分の1の軍人枠がある段階で、その改正は無理なのです。
とはいえ国軍としては、今回の選挙結果における民主派勢力の大躍進と、それを後押しする国民世論をみて、今ブレーキをかけなくては、将来的に自分たちの政治的立場が失われてしまうとの焦燥感にかられ、窮余の一策としてクーデターに出たのではないでしょうか。政界への転身を目指しているとも言われるミン・アウン・フライン総司令官の政治的野心も垣間見えます。
ミャンマーはまた軍政に後戻りしてしまうのでしょうか?
国軍もそれが不可能だということはわかっています。実際、軍を恐れぬ民衆の抗議デモをみても、もはや歴史を後戻しすることはできないでしょう。
ですからクーデター直後に軍は、これがあくまでも憲法に則った行動であることを強調しましたし、ミン・アウン・フライン総司令官もテレビ演説で、今後再選挙を行い、勝利した政党に権限を委譲する旨約束しました。ことによると同氏も、その暁には軍人としてでなく、政党リーダーとして大統領職に就こうと企図しているのかもしれません。
国軍も国民の支持を得るために必死なのですね。
そうだと思います。ただし、国民の不服従がさらに拡大すれば、武器使用を含め、弾圧を一段と強化する策に転じる可能性も小さくありません。また、ミャンマーは135の少数民族を抱える多民族国家で、これが絶えざる諸紛争の原因ともなっていますが、民族対立を押さえ込めるのは国軍だけだとの自負もありますから、何かしらの民族政策を打ち出すことによって少数民族の離反を食い止める策を講じるかもしれません。2017年に国軍による掃討作戦によって難民化したイスラム系住民のロヒンギャは、再び迫害・虐殺されるのではないかと今回の事態に警戒心を強めています。
国際社会はどう反応しているのでしょうか?
欧米はミャンマーの国軍に対する制裁という形で抗議しようとしています。日本はアメリカの立場に同調しつつも、今のところ制裁には慎重な姿勢を示しています。他方、中国、ロシア、そしてASEAN諸国は、内政不干渉の立場から静観しています。
このまま欧米の制裁がエスカレートすると、ミャンマーに対する中国の影響力が増す可能性があります。中国は「一帯一路」の重要拠点としてミャンマーを重視してきましたし、現にミャンマーの輸出入における中国の割合は約30%です。ミャンマーの国軍としても、中国による政治的、経済的な庇護を求めつつ、自らの権威を保ちながら、国民の抵抗運動を沈静化させるための政治改革プログラムを提起せざるを得ないだろうと思います。
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