6月15日、河野太郎防衛大臣は記者団に対し、「コストと時期に鑑みて、イージス・アショアの配備のプロセスを停止する」と発表しました。
NHKニュース
河野防衛相「イージス・アショア」配備計画停止を表明 | NHKニュースhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20200615/k10012471181000.html
【NHK】河野防衛大臣は、新型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の山口県と秋田県への配備計画を停止する考えを表明しました。…
その後政府は、6月24日に国家安全保障会議(NSC)を開き、「イージス・アショア」配備計画を撤回する方針を正式に決定しました。一体なぜ今、このような決定がなされたのでしょうか?
河野防衛相の説明によれば、今の計画のままだと、「イージス・アショア」に不備があることがわかったというのです。すなわち、敵のミサイルを撃ち落とすべく迎撃ミサイルを発射させた場合、そのミサイルの推進装置であるブースター(200㎏)が民家に落ちる可能性がある。そうならないよう改修するためには2000億円近い追加予算と10年くらいの歳月がかかる。こうした「コストや時期に鑑みて」配備の停止を決めるに至ったというわけです。
本当にそれだけが理由なのでしょうか?「イージス・アショア」の配備計画は2017年に決められたことで、それ以来、技術的問題はいろいろ検討されていたはずで、今頃そんなことに気付いたというのは間が抜けていませんか?
まったくその通りですね。今回の撤回問題はかなり「闇」が深いと感じます。われわれ国民は真相をほとんど知らされないまま、政府によって真実とはほど遠いストーリーが描かれようとしている気がなりません。
どういうことでしょうか?
1つは河野太郎氏の男気が評価される風潮がつくられていること。もう1つは、日本側が勝手に計画撤回を決めたことにより、約束を反故にされたアメリカとの関係がぎくしゃくするのではないかとの懸念が取りざたされていることです。
たとえば6月25日付『朝日新聞』の「時時刻刻」によれば、永田町の「異端児」である河野大臣が「イージス・アショア」計画の継続に異を唱え、そんなことをすればアメリカとの関係がどうなるかと、安倍首相や管官房長官が狼狽する様子が記されています。つまり河野氏の熱意に押されて安倍首相も同意するしかなかったといったストーリーです。
こうした日本側の方向転換に対し、アメリカ政府には不満が出ていることも報じられています(たとえば6月20日付『日経新聞』「地上イージス、日米の認識に溝、日本の計画停止、代替案が念頭、米高官、協議継続促す」)。そして日本政府はアメリカに「違約金」を払うことにしたようです(6月23日付『朝日新聞』「防衛相、違約金『協議』 陸上イージス停止、米側と」)。
しかし当初から問題の多い「イージス・アショア」の配備計画が中止されたこと自体は、歓迎すべきことではありませんか?
たしかに多くの問題が指摘されていました。そもそもアメリカからの購入は、貿易の不均衡に不満を持つトランプ大統領に要請され、「とにかくアメリカ製品を買わなくては!」という必要に迫られた安倍首相のイニシアチブで決まったこと。当初は1基800億円のはずが、維持・運用費を含めると、いつの間にか2基で4500億円かかることが判明したこと。秋田県と山口県への配備決定についても、地元住民に対する説明や安全対策が十分に考慮されていなかったこと。この配備計画に不信を抱くロシアとの関係を悪化させてしまったこと。その他いろいろ挙げることができます。『週刊文春』7月2日号には、「イージス・アショア」に用いられるロッキード社のレーダーシステムでは、敵のミサイルを落とせないことを防衛関係者は知っていながら計画が進められていたことも暴露されています。
ですから、今回の配備計画の撤回は一見すると、「遅まきながら、アメリカの高価な軍事装備を買わされることの不条理に日本政府が気付いた」との印象をわれわれに与えます。しかし、これこそが日本政府が国民にそう思わせたいという誤ったシナリオだと私は考えています。つまりリンカーンの名言をもじっていえば、これは始めから「アメリカの、アメリカによる、アメリカのための『イージス・アショア』」なのです。
もう少し丁寧に説明してくれませんか?
むろん「イージス・アショア」には日本防衛の役目もあるでしょう。しかし、アメリカが執拗に日本にこれを買わせようとした軍事的理由は、アメリカ防衛にあります。2018年に米戦略国際問題研究所(CSIS)がまとめた報告書は、日本に配備された「イージス・アショア」が、「米国のハワイ、グアム、東海岸などを弾道ミサイルなどの脅威から守るために使える」と述べています。そして配備候補地の秋田・山口両県は、北朝鮮がハワイとグアムにミサイルを発射した場合の経路になるのだそうです(6月17日付『日経新聞』)。そして今回、この配備の撤回を決めたのも、本当は日本側の自主的な判断などでなく(ましてや「異端児」河野太郎氏のイニシアチブなどでもなく)、アメリカが裏で糸を引いていると思われるのです。
どうもよくわかりません。どういうことですか?
わたしにも真相はわかりません。ですから深い「闇」なのです。ですが、2つの状況証拠を挙げておきたいと思います。まず1つめですが、次のURLをご覧下さい。
Yahoo!ニュース
河野防衛相の説明はホントなの?日本が「イージス・アショア」配備を停止した真相...https://news.yahoo.co.jp/articles/4778bd4493a7a0dbfa3f370af1c3f24c6311b80e?page=2
『ナイキJ』とは、アメリカが開発した『ナイキミサイル』を、日本で航空自衛隊用にライセンス生産したものである。敵の爆撃機を撃ち落とすためのミサイルで、日本ではソ連の脅威を念頭に、1970年から1994
もう1つの状況証拠は何ですか?
「イージス・アショア」配備計画の撤回が発表された直後の6月18日、安倍首相は記者会見を開きました(6月19日付『朝日新聞』等)。その中で、北朝鮮のミサイル技術の性能が高まっていて、従来の戦略では追いつけなくなっている旨を説明しています。これは、先の「デイリー新潮」の記事が報じているアメリカのレーダーシステム見直し案と軌を一にしています。そして安倍首相は、「敵基地攻撃能力」の保有についても検討すると明言しました。つまり、敵国(北朝鮮)が飛ばしたミサイルを日本上空で撃ち落とすのでなく、敵国のミサイル基地そのものを破壊すべく、日本からミサイルを飛ばす計画案です。この、日本から発射されるミサイルは、おそらくアメリカ製でしょう。そこからわたしはこんなことを想像するのです。いまやアメリカは日本に対し、敵のミサイルから自陣営を防御する「盾」としての軍事システム(これが「イージス・アショア」にほかなりません)ではなく、敵陣営そのものを破壊する「矛」としての軍事システムを持つよう(つまり、アメリカから購入するよう)求めているのではないか。「イージス・アショア」に取って代わるこの「矛」としての軍事システムがいかなるものかは不明です。しかしこれは「イージス・アショア」と同じくらい高額なものでしょう。そしてアメリカにとって旨みのある話です。ですから、「イージス・アショア」配備計画撤回は、決してアメリカに逆らうものでなく、むしろその逆なのではあるまいか。そのように私は考えています。
—————————————
河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。