かわらじ先生の国際講座~新型コロナウイルスと米中関係

アメリカでは4月4日、新型コロナウイルス感染者が30万人を越えました(死者は約8万5千人)。同日トランプ大統領は「今週から来週にかけて最も厳しいものとなる。多くの死者が出るだろう」と表明し、危機感を募らせています。
一方、中国の感染者は4月5日現在、8万人余りで(死者は約3千3百人)、この1ヶ月間ほとんど増えていません。ウイルスの発生源とされ1月23日から都市封鎖されている武漢も、4月8日には封鎖が解除される見通しです。アメリカとは対極的に、昨今の中国政府は感染終息への自信を見せています。
そんな中で、米中両国の政府間で非難の応酬が行われていると聞きました。どういうことでしょうか?
3月以来両国政府は、ウイルス感染の責任問題をめぐって鞘当てを繰り広げています。特に注目されたのは、3月12日に中国外務省の趙立堅副報道局長がツイッターに投稿した文章でした。同氏は「この感染症は、アメリカ軍が武漢に持ち込んだものかもしれない。アメリカは透明性をもって、データを公開しなければならない」と書き込んだのです。

これが本当だとすると聞き捨てなりませんね。アメリカ軍が持ち込んだという証拠があるのでしょうか?
いえ。趙氏もツイッターで具体的な証拠は何も示していません。翌13日、別の中国外務省高官(耿爽副報道局長)が記者会見でこの件にふれていますが、「ウイルスの発生源については、中国は科学的かつ専門的な意見が必要と考える」と述べたのみで、アメリカ軍が持ち込んだとの説はもはや繰り返しませんでした(「読売新聞」3月14日付)。さらに同月23日、中国外務省はホームページに、「米軍が持ち込んだというのは誰かがばらまいた狂った言論だ」との崔天凱駐米大使の発言を掲載し、アメリカ陰謀説を公式に否定しました(「日経新聞」3月24日付)。
だとすると、趙氏のツイッター内容はでまかせだったということでしょうか?
そこが難しいところです。彼が処罰されたという話は聞きませんし、このような責任ある立場の人間が、一存でデマを流したとは思えないのです。現に米兵がウイルスを持ち込んだとする説の根拠がないわけでもないのです。「武漢」「軍人オリンピック」という2つのキーワードでネット検索すれば、いろいろな情報が出てきます。次の岡田充氏の論説はそのへんの事情を詳しく説明しています。

なるほど。しかし中国政府としては、これ以上この件を深追いするつもりはなさそうですね。とすれば、趙氏のツイッターはアメリカに対する何らかの警告的な意味合いがあったと見ていいでしょうか?
そうだと思います。当初からアメリカ政府は、習近平指導部による独裁体制が情報を隠蔽したために、武漢での深刻な事態への対処が遅れ、世界に感染が拡大してしまったと中国政府を批判し、トランプ大統領やポンペオ国務長官はこのコロナウイルスを「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」とか呼んでいました。これが中国側の大きな反発を招いていたのです。さらに、これは直接アメリカ政府が流したものではありませんが、新型コロナウイルスは中国軍が開発した細菌兵器であるとか、武漢ウイルス研究所から流出したものであるとかいった説が流布していました。ネットで「武漢ウイルス研究所」を検索すれば、いくつも見出せます。『Will』5月号でも何人かの論者がその説を唱えています。このような説の拡散が習近平政権の信用を失墜させることを中国政府は恐れたのでしょう。そこで、アメリカによる反中国宣伝を抑えるための対抗措置として、米軍のウイルス感染関与をちらつかせたと思われます。ただし真相は霧の中です。
このウイルスが人工的に作られたものだとする説に信憑性はないのですか?
その説を唱える人は後を絶ちませんが、今のところ何一つ具体的な証拠はありません。わたしはフェイクニュースの類いだと思っています。そもそもそれを書き立てている人のなかに誰一人としてこの分野の専門家はいません。素人の憶測にすぎないのです。科学者がゲノム解析等で人工物であることを立証しない限り、デマだと考えたほうがよいでしょう。また、細菌兵器説もまったくあてになりません。第一これが兵器だとすれば、潜伏期間が2週間などというのはあまりに悠長すぎますし、致死率も低くすぎます。これでは兵器の用を成しません。同様に、米軍による中国持ち込み説も出来過ぎていて、何か荒唐無稽な感じがします。それにウイルス感染で得をする者は皆無であって、中国もアメリカも甚大な被害を被っているのです。これからもいろいろな陰謀説は出てくるでしょうが、われわれは怪しい情報に踊らされてはいけません。
その後、米中の非難の応酬はどのように推移していますか?
「米軍持ち込み説」に対し、アメリカ政府は当然ただちに抗議しました。中国側もこの説は以後、封印しています。アメリカは一貫して中国による情報隠蔽を疑っています。特に最近の感染者数の少なさについては、過小報告しているのではないかとの疑惑を表明し、中国の反発を買っています。たしかに中国は、無症状感染者を感染者としてカウントしていなかった点が指摘され、過小報告と言われてもしかたない面があります。
また、アメリカ国内では、個人や企業が中国政府を相手取って訴訟を起こす動きが出ています。中国がWTO(世界保健機関)へ速やかに情報提供しなかったために感染が拡大したのだから、中国は国際的に賠償の責任があるというわけです。この訴訟の行方も注目したいところです。他方で、米中が協調に転じた局面も見逃せません。
具体的にはどのようなことですか?
新聞報道によれば3月27日、トランプ大統領と習近平国家主席は電話会談を行い、新型ウイルスに関する情報を交換し合い、感染拡大阻止に向けて協力してゆくこと、さらに国際経済の安定化に向けても連携を強めていくことを約束しました。実際、アメリカも中国も、感染拡大国への資金援助や必要物資の提供を行っています。
しかし、自国の感染拡大に歯止めがかからないアメリカは、対外支援の余裕がなくなってきています。現にトランプ大統領は4月3日、高性能マスクなどの輸出を禁じると発表し、国内外の反発を招きました。他方中国は、欧州、アフリカ、中南米などにマスクを始めとする援助物資を送り、積極的な「マスク外交」を展開しています。トランプ政権は、このように国際支援面で中国に後れをとっていることにも危機感を募らせているようです。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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