6月1日、ウクライナが「クモの巣」作戦と呼ばれるドローンを使った攻撃をロシアに行い、世界を驚かせました。ロシアの軍事ブロガーたちがこれを「真珠湾攻撃」のようだと評したことから、この表現も各国のメディアで使われるようになりました。ちなみにロシア政府はこれを「テロ」だと厳しく非難しています。また、この作戦を遂行したのはウクライナ保安庁だったと報じられ、この「保安庁」がにわかに脚光を浴びることになりました。
もう切るべき「カード」がないかと思われていたウクライナが、ここにきて意表をつく攻撃を開始したことで、形勢逆転もあり得るのではないかとの印象を与える事件となりました。この「クモの巣」作戦をどう見たらよいのでしょう?
ウクライナ政府はこの作戦を敢行したあと、その映像も含め、具体的な戦果や作戦方法を詳しく世界に公表しています。それをもとに世界の各メディアが詳報を伝えていますが、わが国でもたとえばANN(テレビ朝日系列)が専門家のコメントを交えながらじっくりと解説していますので、それを見てもらうとわかりやすいでしょう。
ウクライナ側はドローン攻撃の模様を実に詳しく公表しているのですね。まるでドローン操作の教材のように「親切」な説明の仕方だと感じました。こんなにあからさまに手の内を明かしてしまって大丈夫なのでしょうか?
大丈夫だと判断してのことでしょう。むしろ、こうして手の内を公開することに意義があると考えたのではないでしょうか。
それはどういうことですか?
第一は、ロシアに対する示威行為です。すなわち「君たちにこの攻撃を防ぐ手立てはない」と示す意図があったと思われます。この攻撃法はウクライナ保安庁によって「クモの巣」作戦(ウクライナ語で Операція «Павутина»、英で Operation Spider’s Web)と名づけられましたが、クモが中心から遠く離れたところまで巣を張り巡らすように、ウクライナから遠く離れたロシア国内の遠隔地までを攻撃目標としています。
実際、この攻撃では北極圏のムルマンスクからシベリアのイルクーツクまで5か所の軍事基地が同時にターゲットとされたようですが、これをもしウクライナから飛ばした長距離ミサイルなどで行えば途中で撃墜されたかもしれません。しかし今回は、あらかじめ工作員たちがロシア国内の方々に潜入し、そこでドローンをトラックに積み込み、軍事基地の至近距離から攻撃するのですから、撃ち落とす余裕もありません。そもそもロシアはあまりに広大ですので、すべての軍事施設に迎撃システムを構築することも物理的に不可能でしょう。つまりウクライナが手の内を明かそうが、防ぎようのない攻撃なのです。しかもドローンは1機数百ドルで製造できますので量産可能です。ウクライナ当局によれば、この攻撃でロシアの航空機約40機が破損ないし破壊され、ロシアは70億ドルほどの被害が出たとのことですから、コスパ的にもウクライナが圧倒的に有利です。ロシア側を脅えさせるのに十分な効果を上げたといえるでしょう。
ウクライナ当局がここまで詳細に攻撃の手の内を明かした理由はほかに何かあるのでしょうか?
実行機関であるウクライナ保安庁の存在を前面に出してきたことでしょう。これはソ連時代のKGBの流れを汲む特務機関で、破壊や転覆工作のプロ集団です。そのおぞましさはKGB出身のプーチン大統領もよく知っているはずです。わたしは先程「手の内を明かした」と述べましたが、ウクライナ保安庁にすれば、ドローン攻撃は手持ちのカードの一つに過ぎないのかもしれません。ロシアはこの攻撃を「テロ」だと難じましたが、軍事拠点への攻撃ですからテロとは呼べません。しかし今後の戦況如何では、本当にテロに転じるかもしれない――そうプーチン政権に思わせるだけの不気味さがあるのがウクライナ保安庁だと思います。その意味では、ウクライナ戦争は心理戦の様相も呈してきたといえるのかもしれません。
なるほど。で、「クモの巣」作戦にはまだほかにも意味があるのでしょうか?
そうですね。もう一つ、軍事ビジネスとしての側面も挙げておきたいと思います。この「クモの巣」作戦の斬新さはアメリカの国防総省をも驚かせたといいます。ゼレンスキー大統領はこの作戦の成功を「まちがいなく歴史の本に残る」とテレグラムに書いていましたが、それだけ画期的な軍事作戦であったと自負し、その詳細を映像で伝え、世界にアピールする価値があると考えたのでしょう。この作戦に動員されたものは多岐にわたりますが、ドローン、それに搭載するカメラ、AI、人工衛星システム、インターネット、遠隔操作を行う人員など、技術と知の結晶ともいえます。そのノウハウは汎用性をもち、途上国を始めとして、取得したいと考える国家の指導者は少なくないはずです。ウクライナ政府が公表した攻撃映像は、ドローン操作のマニュアルのように懇切で、不謹慎ながらわたしは新製品発表のプレゼンみたいではないかと感じました。
軍事とビジネスは昔から切っても切れ離せない関係にあります。ウクライナが外貨獲得の手段としてこの技術の輸出を考えていても不思議はありません。今回の攻撃に使われたドローンの出どころは不明ですが、ウクライナ国内でかなり効率的に生産できるようになっているとも伝えられています。さらにはフランスもウクライナ国内でのドローン生産に協力する意向を示しており、その企業として自動車メーカーであるルノーの名前も挙がっています。
これはウクライナに限ったことではなく、ロシア国内の軍需産業や民間軍事会社、ウクライナに軍事支援を行うNATO諸国内の軍需産業それぞれが利益を出しているのでしょう。戦争がビジネスとして成り立つかぎり、ウクライナ戦争もなかなか終わらないということではなかろうかと思います。
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