父とライフ、ライフと車

日曜日午後。ライフで買物終えた車たちが数珠つなぎに出場を待って並んでいた。

私と高齢の父母が暮らす葛飾区奥戸。
この辺の人たちはみんなライフで買物をする。
ライフに行けば必要なものがほとんど買え、ほとんどの必要な用が足りる。食品、衣料品、化粧品、薬、寝具、文具、と何でも売ってるばかりか千円カットやクリーニング屋までくっついている。証明写真を撮ることもできる。
両親もライフに助けられ、ライフを頼って生きている。二人ともライフが大好きだ。
そのライフに、去年あたりから母は歩いて行けなくなった。
うちからは少し距離があるのだ。
父も、よほど体調がよいときでないと無理。
でも、ライフができる前に近所にあった小さなお店たちは軒並み閉店しているし、昔はよく来た移動販売の雑貨屋、八百屋、和菓子屋、豆腐屋、どれも今はなく、ライフに行かないと用が足せない。
「だから車は必要なんだよ」と父は言う。
二人はライフに、父が運転する車で行くようになっている。

父は今年93才になる。認知症だ。そして今、運転免許の更新をしようとしている。

3年前の更新の時も、その前の更新の時も、家族みんなで反対したけど、父は聞く耳持たず押し切って免許を更新した。
ついさっきの出来事も忘れちゃうのに、指先や足の裏の感覚が麻痺してるのに、歩くのもままならずすぐ転ぶのに、3年前には縁石に乗り上げ立木にぶつかり、車は大破、助手席にいた母が負傷し救急車で運び込まれたというのに。アルツハイマーの診断、要介護の認定を受けているのに。93歳にもうすぐなるのに。
それでも免許を更新するというのだ。

近くの都道沿いは車関連のお店だらけ

2度、警察に相談した。親身になって話を聞いてはくれる。けど結局のところ、本人納得のもとで認知症の診断を受け、本人納得のもとで診断書を警察に提出する以外、運転を止めさせる方法がない、という結論になる*。
もちろん更新時の認知機能検査で引っ掛かれば、免許は取り消しになるのだけど、こんなに認知症なのに、前回の検査は楽勝でパス。そして今度も「試験で落とされる気はまったくしない」と豪語している。
国はこんなに「自主返納」を勧めるくせに、どうしてこんなに試験は甘いの? アルツハイマーの診断を受けていると家族が言っても、本人が申告しなければ考慮されず、一通りの試験に合格すればその先3年間乗れてしまう。
池袋で大事故を起こした高齢者の人も、車の運転に国が許可を与えていたから運転し、事故を起こした。そしてその罪で収監され大罪人として生涯を終えた。この人に許可を与えた国にも罪はないんだろうか。一瞬の人為ミスが大事故を起こす危険のある乗り物を製造したメーカー、販売したお店にも、罪はないんだろうか。

5月13日、日産は7工場閉鎖と、2万人の人員削減を発表した

日本自動車工業会のサイトによれば、2023年の調査で、自動車関連の仕事についている人は全就業人口の8.3%、5,580,000人にものぼるそうだ。
このうち製造部門で883,000人の人が働き、2023年中に8,999,000台も車を作った。
このうち1,440,000台がアメリカに輸出され、今アメリカが実施しようとしている関税措置が大問題になっている。
一度買ったら何年も使える、消耗品でもない大きなものを、こんなに作ってどうすんだろう、国内でも海外でも、本当にこんな台数の車が必要なんだろうかって思うけど、車の工場を閉鎖したら、ものすごい数の人が路頭に迷うことになる。(多くが住み込み労働なので仕事と家をいっぺんに失う。)
高齢者が、たとえば75歳以上が全員運転免許を返納して持ってる車を手放したら、自動車業界にどれほどの影響が出るだろうか。2024年の統計で、85歳以上で免許を持っている人の数は830,716人にものぼっている。(警察庁交通局運転免許課「運転免許統計 令和5年版」)

大きな一軒のスーパーへの依存と、車への依存。そして国の経済の、車産業への依存。
一旦回り出したどうにも止められない歯車のもと、2024年に2,663人の人が交通事故で死に、相応の数の人が殺人者となった。(ただその数は、国から見れば微々たるものなのかもしれない。)
そして父は車を頑として手放さず、母は運転に反対しながらも車に乗せてもらわないと生活できないから乗っている。私はあちこちに相談し、気をもむばかりで何一つ解決できていない。

だから私は大型スーパーも車も嫌いだ。
ライフを通り越してもっと遠くにある商店街に、お店の数がどんどん減り、もうすぐなくなってしまいそうな商店街に、自転車や歩きで買物に行く。
自分が歩けなくなったとき、どうなってしまうのか一抹の不安を感じながら。
そして父が今度の試験に落ちることを強く強く願いながら。

*実際には家族からでも診断書を出すことはできるそうだけど、それをこっそりやることができない。警察の説明では、手続き上、家族から診断書が提出されたことは必ず本人にばれる。わが家の場合それは家族関係の崩壊を意味するので、その方法をとるのが無理なのだ。

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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。
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車掌27号かるた大(小)会も残すところあと2回程度となりました。次回は漫画家のドブリン!さんがゲスト。チラシも描いていただけました!


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