タイトルに関する質問ですが、「歴史修正主義」とは何なのでしょうか?
一般的には史実に基づく通説ないしは定説として確立されている歴史観に対して異を唱え、その修正を求める立場のことです。第二次世界大戦の原因や責任問題に関して用いられることが多く、従来の歴史解釈の見直しを推し進めようとする立場をこのように呼称します。
わが国の歴史認識問題に即していえば、戦後50周年を機に村山富市首相(当時)がいわゆる「村山談話」を発表し、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」と表明しました。
この立場は戦後60周年にあたって発表された小泉首相(当時)の談話、さらに70周年にあたって発表された安倍首相(当時)の談話でも継承され、80周年の今年、石破首相もそれを踏襲するものと思われますが(ただし、談話を発表しないとの観測もあります)、他方で、こうした「植民地支配と侵略」への「反省」を続けることに嫌悪感を示し、これを「自虐史観」だと批判する思潮が起こり、1997年には「新しい歴史教科書をつくる会」が結成されるなどして支持層を拡大させています。
5月3日、那覇市で行われた「憲法シンポジウム」で西田昌司参議院議員がスピーチを行い、その中で「ひめゆり」批判をしたことが物議をかもし、結局本人が謝罪した顛末はニュースでも報じられましたが、スピーチのノーカット版がネットにありました。
それを通して視聴すると「歴史修正主義」の考え方がよくわかります。要するに戦後の歴史教育はGHQの押し付けであって日本国民はすっかり洗脳され、骨抜きにされてしまったが、われわれは戦前の価値観(教育勅語など)を取り戻し、「大東亜戦争」の正しさを主張せねばならないということですね。「歴史を取り戻さなくてはならない」「自分たちが納得できる歴史をつくらなくてはならない」という西田氏の言葉が歴史修正主義の核心だと思いました。興味深いのは、このスピーチの中で西田氏がロシアのウクライナ侵略を肯定し、これをわが国の「大東亜戦争」になぞらえていることです。つまりどちらも自存自衛の正当な戦争だというわけでしょう。
ところで、本日のタイトルは「ロシアにおける歴史修正主義」となっていますが、ロシアでもこのように戦後の価値観を否定し、第二次世界大戦の評価の修正をしようとの動きがあるということでしょうか?
日本は敗戦国ですが、ソ連を事実上継承するロシアは戦勝国ですので、第二次世界大戦の評価はゆらぎません。先日(5月9日)の対独戦勝記念日でも示されたように、大戦の勝利を祝うことは国威発揚と直結しています。ロシアではソ連時代以来、この戦争を大祖国戦争と呼んでおり、その戦史を学ぶことは愛国心を強めることになりますから非常に重視されてきました。しかし歴史教育の中で、一つだけタブーとされてきた問題があります。それは当時の最高指導者スターリンの扱いです。1930年代のソ連で大粛清を行ったスターリンだけは、表立って肯定することがはばかられてきました。ところが昨今のプーチン政権は、スターリンの評価を公的にも「修正」しようとしています。
具体的にはどのように「修正」しようとしているのですか?
かつてボルガ川下流域に、ロシア革命時の内戦で勝利したことを記念しスターリンの名を冠したスターリングラードという都市(スターリンの町という意味)がありました(1925年に命名。現在のボルゴグラード)。この都市は第二次世界大戦中、「スターリングラード攻防戦」として知られるナチスドイツ軍との死闘の舞台となり、とてつもない犠牲を出しながら、ソ連軍の反転攻勢のきっかけとなる勝利をもたらしました。英雄的と言うにはあまりにも惨い戦いでしたが、生き残った人々にとって「スターリングラード」はまことに誇らしい都市名となったのです。しかしスターリンの死後、フルシチョフ政権による「非スターリン化」政策の中で、1961年に「ボルゴグラード」という名前(ボルガ川沿いの町という意味)に変えられました。
今年の4月末、プーチン大統領はボルゴグラードで地元知事たちと会談し、彼らの要望を容れて、同市の空港名を「ボルゴグラード空港」から「スターリングラード空港」に命名する指令を出しました。また、都市名自体も「スターリングラード」に戻すかどうかは地元住民に決定権があるとの考えを示しました。これは公的なスターリンの復権と言っていいでしょう。
つまり歴史の中でスターリンを再評価しようということですね?
はい。そうした動きはすでに何年も前から起こっているのですが、もう一つ例を挙げましょう。ロシアでは対独戦勝75周年記念の2020年、モスクワ近郊にロシア軍を顕彰する大聖堂が建設されました。わが国の靖国神社のロシア版みたいなものですが、それよりもはるかに壮大な規模の寺院です。その中にプーチン大統領やスターリンの肖像のモザイク画も描かれており、ロシア国民を驚かせました。国内でもいろいろと議論を呼んだらしく、結局プーチン政権としては時期尚早と判断したようで、これらのモザイク画を(一時)撤去し、公開は見合わせた由です。しかし、スターリンが(プーチン氏とともに)ロシア正教の聖人の列に加えられるのもそう遠くないかもしれません。
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