伸びゆく「力」が置き捨てるもの

「せんべろ」で有名だった葛飾区立石北口地区の現在。区とか東京建物とか三井住友とかの成長のために商店街がごっそり消えた。

私の住む葛飾区の紋章は「カ」という文字をデザイン化した簡単なもので、これはかつしかの「カ」に「力(ちから)」の意味を重ねた、「伸びゆく葛飾を象徴する」マークであるらしい。
「伸びゆく葛飾」。それは「成長」ということだろうか。その「成長」の一環に、区内のあちこちで行われている再開発事業があるんだろうか。

葛飾区の紋章

「力」は、「手の筋肉をすじばらせてがんばるさまを描いた象形文字」「もと、筋力のこと」と字典(学研『漢和大字典』)にあった。マッチョな男性の腕と思われる絵が載っている。
確かに、区の「成長」はマッチョな「力」…財力、権力、圧力、をもって遂行されてる。力のない弱いもの(何しろ力が少ないと「劣」なんだから)を踏みつぶし、追い散らしながら…。

 

「勝ったら次の大会があると、子どもたちはどんどん成長していく。サッカーでもそうしてあげたい」
新聞にこんな先生の言葉が載っていた。
中学女子のサッカー部は全国的に少なく、県レベルの大会がない。頑張っている生徒のためにどうにかできないか、と、生徒思いの顧問の先生が模索している。そんな記事だ。(東京新聞、2024年7月9日)
生徒の「成長」。それは教室の中でも外でも、先生たちの希望であり、生きがいのようだ。
負ける悔しさ、勝つ喜び。それを学び「勝つ」ことで子どもたちが「成長」を遂げる。
で、「成長」できた「力」あるものたちが、なになに長とか、代表とか、先生とか、政治家とか、なんか偉い人たちになって、次の社会を構築する。

娘は中学時代、部活で一日も休まず練習に励んだ。けどあまり上達せず「力」つかず、ある日体育館に行くと顧問の先生に入館を拒否された。
「今日は選手が練習する日だから、選手じゃない人は外で筋トレでもしてなさい」と追い払われたのだと、傷ついていた。
息子もまた高校時代部活に励んだけど、「劣」だった(親が親なので)。で部内でちょっとした問題が起きたとき、こーすればいいのに、という解決策を私に話してくるので、「それをみんなに言えばいいじゃん」と言ったら、「弱いものには発言権がないんだよ」とのことだった。
「強いものしか物を言えないこと自体が問題だけどそれを弱いオレが言うこともできない」とも言った。

弱いものを置き去りにして、強いものはより強く、上に、上に、のぼってゆく。

オリンピック・パラリンピック。
3年前東京で、今年はパリで、その「力」の頂点に辿り着いた人たちのドラマが展開された。
で実は興味なくてほとんど見ていなかったのだけど、2020東京パラリンピックのビデオ映像を見る機会があって、今頃見て、ヒェーと思った。
TOYOTAとか、Fujitsuとか、清水建設とか、企業名がこんなに大きく宣伝されてたなんて!と、びっくりしたのだ。

少し前まで野宿の人が暮らしていた「すきま」(葛飾区内)。(急に姿を見なくなった)

その偉そうなロゴたちは、目が見えない人、手がない人、知的障害とされる人、国を追われた難民の人、そんな、いろんな障害にも関わらず努力でトップアスリートにまで昇りつめた人たちの鍛え抜かれた筋力を、ずっと上から、笑いながら眺めおろしているように私には見えた。
五輪は運動能力よりむしろ、財力、国力、権力、そんな「力」の祭典であるんだと、私には思えた。

五輪はまた、そこに住む野宿者を追い出して、会場近くの区立公園を高級ブランド店が立ち並ぶ商業施設に作り変える、なんていうこともした。

いちむらみさこさんは新著『ホームレスでいること』でその経緯を記したあと、こんな風に書いている。

追い出された野宿者は、どこにでも移動できるわけではなく、ほとんどの場合、より劣悪な場所で野宿することになる。追い出しがあった場所は、塵ひとつなくかたづけられて、野宿生活の気配が消し去られた風景に上塗りされる。都市の再開発や街づくりの物語は、野宿者はいないことにして進められていく。しかし、実際に街に野宿者はいる。消しゴムで消すように、無いことにはできないはずだ。(いちむらみさこ著『ホームレスでいること』、創元社)

この素敵な本。装画もいちむらみさこさんです。

「力」たちは「力」にものいわせて「成長」の名のもとに、町をどんどん自分たちの都合のいいように作り変える。
でもどんなにカッコよく作り変えたって、隙間はできる。
なにしろ地球はいびつな楕円で、人間は曲線で成り立っている生きものだから。

そしてその隙間にはやっぱり、圧しつぶされ、蹴り飛ばされながらも野宿者がいて、
そして自分は、彼らは、「想像力」という「力」を使って生き抜いているのだと、いちむらさんは書いている。

暴力に心が折れそうになっていた時、ほかの段ボールハウスで寝ている人たちに、寒さだけではないこの厳しい夜をどう過ごすのかを聞き、勇気づけられたことを思いだした。この界隈の野宿生活者たちは、段ボールハウスのことを「ロケット」と呼んでいるというのだ。ロケットと呼びあうファンタジーによって夜を乗りきろうという作戦だ。(前掲書)

都市公園の奥にある、地図に載らない小さな村に住むホームレス女性が書いた、小さなこの本。
いばった「力」たちは持ち合わせていない、「筋力」とか「権力」とか「財力」とかとはずいぶん違う、もっと柔らかくて、変幻自在で、ずっと夢があって楽しくて、強くないけど強くて、誰にも侵すことができない「ちから」の存在を、教えてくれた。

生きることの中で価値を決めるのは自分でありたい。(前掲書)

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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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