5月17日、ラーム・エマニュエル駐日米大使が沖縄県の与那国島と石垣島を訪問しました。大使は与那国町長の糸数健一氏と懇談し、晴れた日には台湾を望見できる日本最西端の地を視察、さらには自衛隊関係者と昼食をともにし、漁民とも会談するなど、精力的な活動ぶりを見せました。今回の訪問の目的は何だったのでしょうか?
駐日米大使による与那国島への公式訪問は初めてとのことで、漁民との対話にもうかがわれるように、まずは現地の人々に好印象を与えることを重視したようです。取材陣を同行させ、歩きながら糸数町長と気さくで和やかに語らう様子も報道されました。また漁民の安全な操業を妨げる中国船の動きを批判するなど、地元民に寄り添う姿勢も示しました。取材に対し、今回の訪問の意義を「日本全土へのコミットメント(関与)を示すため」と説明し、さらに「戦争を防ぐ一番の方法は確かな抑止力だ。私たち(米軍)が演習をしているのは日本全体の防衛のためだ」と強調しました(『讀賣新聞』2024年5月18日夕刊)。
大使は文民であって、軍人ではありませんから、日米同盟を強調するにしても軍事色が目立つことはありませんでしたが、実は与那国島と石垣島視察の真の目的は軍事だとの見方もあります。
その点をもう少し詳しく説明してもらえますか?
たとえばジャーナリストの布施祐仁氏は「EABOには空港・港湾の利用が不可欠。米大使視察という名目で抵抗感を和らげ、米軍の利用を既成事実化する狙いがあるのだろう」と指摘しています(『朝日新聞』2024年5月18日)。EABOとは「遠征前進基地作戦」の略語で、台湾有事を見据え、固定の基地を置かず、臨機応変に離島などを利用しつつ、分散して出撃できるような作戦のことです。
今回の大使視察の本当の目的が軍事にあるのではないかと疑われる理由は他にもあります。大使は米軍機に乗って与那国空港に到着しましたが、米軍機が与那国空港を利用したのはこれが最初です。沖縄県は米軍の民間空港利用を自粛するよう求めていますが、無視された形です(与那国空港も民間空港です)。2022年には与那国島で日米共同訓練が行われましたが、その時は米兵たちは自衛隊の輸送機で島に入りました。今回は大使を運ぶという名目にせよ、一つタブーが破られたわけです。付言すればエマニュエル大使は在沖縄米軍トップのターナー四軍調整官も同乗させていました。
今年4月10日、岸田首相訪米時に発表された日米首脳共同声明では「我々は、日米の抑止力・対処力を強化するため、南西諸島を含む地域における同盟の戦力態勢の最適化が進展していることを歓迎し、この取組を更に推進することの重要性を確認する」と謳われていますので、大使の与那国島・石垣島視察はまさにこの取組の推進の一環だと思われます。
たしかに与那国島や石垣島は南西諸島に属します。ところで共同声明のなかの「同盟の戦力態勢の最適化」とはどういうことなのでしょう?
わたしも明確なことはわかりませんが、自衛隊と米軍の最適なバランスのことではないかと推測されます。在日米軍の約7割は沖縄に集中していますが、米軍としてはこれ以上沖縄に固定的な基地を増やすことに消極的だと思われます(辺野古の問題がありますが、本稿ではとりあえず論じないことにします。ただ、わたしが見るところ、積極的なのは日本側です)。
米国側としては、沖縄における基地を米軍から自衛隊にシフトしていきたいとの意図が見て取れるのです。その背景要因として考えられるのは第一に、沖縄世論の反発をこれ以上招きたくないこと、第二に軍事負担(防衛面でも予算面でも)をできるだけ日本側に負わせたいこと、第三にミサイル戦が一般的になってきた今、沖縄に固定基地をもっていても破壊されるリスクが高く、米軍としてはグアム島などに自軍を後退させ、破壊リスクの高い最前線(それが南西諸島です)は自衛隊基地に任せようとしていることです。先述したEABOという作戦も同じ発想でしょう。米軍は南西諸島に固定基地は置かず、自衛隊に任せ、必要に応じて適宜それを利用しようとの思惑です。
昨今、日本防衛の「南西シフト」という言葉をよく見かけ、現に南西諸島(与那国島、石垣島、宮古島、沖縄本島、奄美大島、馬毛島等)に着々と自衛隊の基地(ミサイル基地を含め)がつくられていますが、将来的にはそれを米軍も利用するのですか?
そのへんが曖昧なのです。今年4月に政府は、有事に備え、防衛力を強化する目的で、民間の空港や港湾を自衛隊や海上保安庁が利用できるようにする「特定利用空港・港湾」を選定し、整備を始めました。まずは北海道、四国、九州、沖縄の5空港と11港湾、全16カ所が選ばれましたが、今後も政府は増やしていく意向です。このうち沖縄は、那覇空港と石垣港の2カ所になっています。
政府としては石垣空港や与那国空港など10カ所を候補に挙げていましたが、沖縄県側が「不明な点が残されている」との理由から拒んだかっこうです。
ところで、これらの「特定利用空港・港湾」を米軍が利用することはないのかどうか。これについて政府は「米軍が本枠組みに参加することはない」と述べていますが、到底信じることはできません。日米地位協定や日米ガイドラインでも民間のインフラを共同使用することが想定されており、実際、今年3月には石垣港に米国のイージス艦「ラファエル・ペラルタ」が寄港し、安全性が確保できないとする港湾労働者がストを起こしました。
日米両政府は、沖縄の民意など意に介さず、「西南シフト」を合言葉として益々軍事一体化の方向に進みつつあります。ここに民主主義はありません。一体に安全保障を持ち出したとき、民主主義は影を潜めます。
この原稿を書いている現在(5月27日22時50分)、ネットには「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、又は地下に避難して下さい」との政府発表が掲載されていますが、沖縄を対象地域としてJアラートが出された模様です。さっそくテレビをつけると、NHKを始め各局ともこの緊急速報で大変なことになっています。まさに非常事態。こんなとき、民主主義云々を口にしていたら、わたしの「非常識」をなじられそうな勢いです。われわれは誰かに(政府に?)洗脳されているのではないか。ふとそんな想念が頭をよぎります。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。