中東情勢が混沌としています。「イスラエルVS.イスラム武装組織ハマス」という構図がいつの間にか「イスラエルVS.イラン」に切り替わった感があります。なぜここで急にイランが当事者として浮上してきたのでしょうか?
ことの発端は4月1日、イスラエル側(ネタニヤフ政権は自分たちが行ったとは言っていませんが、ほぼ確かなことです)がシリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館附属の領事部ビルを空爆しました。それによりイラン「革命防衛隊」の現地司令官ら7名が死亡しました。これに対する報復として、イランの「革命防衛隊」は4月14日未明、無人機約170機、巡航ミサイル30発以上、弾道ミサイル120発以上、合せて300以上を飛ばし、イスラエル国内の軍事拠点などを攻撃したのです。イラン側が事前通告したこともあって、攻撃の大部分が迎撃され、イスラエル側の死者はなかったと報じられています。その点では、イランによるイスラエルへの攻撃は限定的だったと言っていいでしょう。
これに対してイスラエルは、報復への決意を鮮明にしましたが、4月19日、イラン国内へミサイルやドローンによる極めて抑制された攻撃をするだけにとどめたようです。
また、イランもこれ以上「再報復」する意図がないことを示している由です。一時はイスラエルとイランの大規模な戦争が起こるのではないかと懸念されましたが、とりあえずは収束に向かっているとみられます。
欧米諸国や国連ではイランの大規模攻撃が強く非難されているように見受けられますが、そもそもはイスラエルが先に、在シリアのイラン大使館施設を攻撃したことに問題があるのではありませんか?
イスラエルとイランのどちらが先に手を出したのかという問題に答えるのはなかなか難しいのです。
イスラエルはハマスの撲滅を目指して戦闘していますが、ハマスを後ろで支えているのがイランだからです。1979年にイランでイスラム革命が起こり、親米政権が倒されると、新たに樹立された革命政権は反米主義とイスラエル撲滅を標榜するようになりました。革命体制を維持するために、正規軍とは別に精強な革命防衛軍が創設されましたが、この革命防衛軍がイラン国内のみならず、他の中東諸国にも根拠地をつくり、現地のテロリストや武装集団に武器を調達したり軍事訓練を施したりして、中東の米国施設やイスラエルへの攻撃をリードしてきたのです。
昨年秋以来、イスラエルとハマスの戦争が激化すると、レバノン南部を実効支配するイスラム・シーア派組織「ヒズボラ」がイスラエルに攻撃を仕掛け、ハマスと共闘するようになりました。このヒズボラは、1982年にイランの支援でできた武装組織です。今回、イスラエルが攻撃した在シリアのイラン大使館施設には、このヒズボラへの武器補給で重要な役目を果たしていたイラン「革命防衛軍」の拠点があったと言われています。
また、イエメンの反政府武装勢力「フーシ」は、ここ最近、紅海でイスラエルに関連する船舶を頻繁に攻撃するようになっていますが、このフーシを支援しているのもイランです。そのほか、シリアやイラクにも親イラン派の軍事組織があって、ハマスも含めたこれら諸々の組織がイランを盟主とし、「反イスラエル」包囲網を形成しているのが実態です。
ですからイスラエルとしては、個々の反イスラエル勢力と戦っていても埒があきません。大元であるイランを恫喝し、反イスラエル勢力への支援網を断ち切ろうというのが、イラン大使館施設への攻撃という形での、イランへの直接攻撃の理由と推測されます。
イランは一度はイスラエルへの報復をしたものの、その後はおとなしく、と言えば語弊がありますが、静かになりました。イスラエルの恫喝が奏功したとも思えますが、もしかしたらイランが全面的な戦争に乗り出す可能性もあり得たのではないでしょうか。その意味では、イスラエルはかなり危険な賭、と言いますか、瀬戸際政策をとったように感じられるのですがどうでしょう?
イスラエルは事実上の核保有国ですし、中東最大の軍事大国ですから、イラン側が本気で攻めてはこないだろうとの読みはあったでしょう。それにイスラエルのバックには米国がついています。NATOも味方してくれるでしょう。しかし、イランにはロシアという盟友がいることも忘れてはいけません。イランの行動次第では、ロシア軍も連動する可能性はあったと思います。
なるほど。イスラエルとイランの戦いは米国とロシアの戦いをもたらす引き金にもなりかねないわけですね。
さらに不気味なのは、欧州におけるウクライナ戦争でも、NATO対ロシアという構図がありますし、アジアにおいては、台湾有事や朝鮮有事という火種を抱え、そこにも米中韓VS.中露朝という構図が見て取れます。
中東、欧州、アジアで現に起こっていることは一見ばらばらですが、あるきっかけで、これらが連結し、世界を二分する戦争(第三次世界大戦)に発展しないという保証はありません。まずはイスラエルとイランがこのまま自制を保てるのかどうか見届けたいと思います。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。