かわらじ先生の国際講座~5選に照準を合わせるプーチン大統領

No Picture昨年12月8日、クレムリンで開かれた英雄兵士たちを顕彰する式典の場で、プーチン大統領が次の大統領選に出馬することを正式に表明しました。その際、なかなか凝った演出がなされたようです。式典終了後、一部の人々が大統領に近づき、なかの一人(ウクライナ出身の露軍人)が「ロシア全領土の国民を代表し、出馬をお願いしたい」と要請しました。それに対しプーチン氏は「わたしは隠れない。いまこそ決断の時だ。出馬する」と応じたのです。すると各界代表者たちが口々に賛同を表明したそうです。大統領報道官はこれを自然発生的な出来事と説明しましたが、むろん入念にシナリオが練られていたのでしょう。同日、ロシアの中央選挙管理委員会(中央選管)は、選挙の実施日を2024年3月15~17日に決定したと発表しました(『讀賣新聞』2023年12月10日)。各種メディアはプーチン氏の当選を確実視していますが、実際のところどうなのでしょう?

プーチン氏の当選は間違いないでしょう。中央選管によれば昨年12月23日までに29名が立候補を届け出た由ですが、その大部分は知名度のない、いわば「泡沫候補者」です。現大統領にとって最大のライバルとなり得るのは反体制派指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏ですが、彼は懲役刑に服しています(最近、ロシア北極圏の刑務所に移送され、関係者すら面会が困難な状況に置かれているようです)。それでも獄中から同志・支援者を通じ、プーチン大統領以外の候補者に投票するように呼びかけていますが、当局の介入により影響力は限定的と言わざるを得ません。
ウクライナ戦争反対の立場から「平和で友好的なロシア」の実現を目指して立候補した女性ジャーナリストのエカテリーナ・ドゥンツォワ氏も注目されましたが、結局、提出書類の不備などを理由に中央選管が届け出の受理を却下しました。野党であるロシア共産党、ロシア自由民主党、公正ロシア等も候補者を擁立していますが、プーチン政権の政策に賛成を表明しており、批判勢力とはなり得ません。

No Pictureこれでは形だけの選挙で、ロシアにおける民主主義はとっくに形骸化しているといえませんか。それでもロシア国民はこの大統領選に何か期待しているのでしょうか?

プーチン大統領は2000年、2004年、2012年、2018年の大統領選に勝利し、すでに4期務めています。憲法規定(当時)により2008年の選挙には立候補できず、腹心であるドミートリー・メドヴェージェフ氏(当時、副首相)に大統領の座を渡しましたが、自らは首相として実質的な権限を握っていましたので、四半世紀近く最高権力者として君臨していることになります。国民もこうした政治の惰性に倦み、一時は若者を中心とする「プーチン離れ」の傾向が取り沙汰されましたが、一昨年のウクライナ戦争勃発を期に再びプーチン氏への支持率が上昇し、現在の国内における世論調査によれば、大体80%の支持率で安定しています。米欧と対決する「危機の時代の政治家」として信望を取り戻した感があります。この頃はその言動にも余裕すらうかがわれます。

No Pictureたとえばどのような言動にそれが感じられるのですか?

昨年12月14日、年恒例の記者会見と国民対話が開催されました。この2つの催しは本来別の日に行われてきましたが、一昨年はウクライナ戦争の状況への懸念からだと思われますが、どちらも取り止めになっていたのです。今回は2年ぶりに、この2つを合せたイベントを約4時間にわたって行ったのです。西側メディアの質問に答えたり、AIで作成されたプーチンと自らが対話をしてみせたりと、サービス精神も旺盛で、自信にあふれている印象を受けました。

このイベントでプーチン氏は、ウクライナ戦争の目的が「非軍事化」と「非ナチ化」であると改めて確認し、戦争は優位に推移しており、兵力も十分であること、そしてロシア経済は一段と強靱になっていることなどを力説しました。このスピーチは事実上、ロシア大統領選立候補にあたっての公約表明と見なすことができます。

No Pictureロシア大統領の任期は2008年の憲法改正で、4年から6年に延長されました。また2020年の憲法改正では、大統領の任期は通算2期とすることに決められましたが、これは現職の大統領には適用されないことになりましたので、プーチン氏は今度の選挙に勝つと、2030年まで、さらにその後もう1期務めると2036年まで大統領に留まることができます。彼は現在71歳ですから(1952年10月7日生まれ)、あと12年、83歳まで大統領でいることが可能ですが、実質的な「終身」政権を目指しているのでしょうか?

そうした見方があるのはたしかです(『日経新聞』2023年12月9日夕刊など)。しかし本当のところは本人にすらわからないのではないでしょうか。2020年の憲法改正では、大統領経験者の生涯にわたる不逮捕特権も保証されましたので、どこかで、より若い指導者にポストを譲るタイミングを考えているのかもしれません。しかし今のプーチン氏は極めて精力的ですし、自ら進むべき方向性についても迷いがないように思われます。

No Pictureその方向性とはいかなるものでしょうか?

まずはアジア重視。中国との連携が基軸となりますが、北朝鮮との関係にも力を入れています。プーチン氏の北朝鮮訪問は2000年7月が最後ですが、今年早い時期に訪朝する意欲を示しているとのことです(『京都新聞』2024年1月22日)。
1月22日には極東のハバロフスク市を訪問し、現地の企業経営者と懇談した際、「クリル諸島(北方領土と千島列島をさす)の観光産業を発展させなくてはならない。まだ自分は行ったことがないが、必ず訪問する」と述べたと報じられています(『朝日新聞』2024年1月12日)。極東住民への大統領選挙対策としてのリップサービスという面もあるのでしょうが、対北朝鮮政策などと併せ、ロシアの極東建設に向けたビジョンを踏まえての発言とみていいでしょう。
そしてもう一つ、プーチン氏の思想面についても述べておきたいと思います。プーチン大統領は2023年12月31日、国民向けの新年を挨拶のなかで、「2024年は家族の年である」「われわれは一つの国であり、一つの大きな家族だ」と述べました。

この論理でゆけば、ロシア人もウクライナ人も「同じ家族」「同じ民族」だということになります。こうした大ロシア主義がプーチン氏のバックボーンにはあります。ウクライナ侵略がさらに進む可能性を示唆するものです。現に英国紙フィナンシャル・タイムズはこの夏にもロシアがキーウを再侵攻する可能性があると報じています(『京都新聞』2024年1月21日より再引用)。
ロシアでは最近、様々な面で復古主義、あるいは保守化が進行しています。LGBTを守る運動を弾圧し、中絶を規制する動きなどが強まっています。昨年12月初頭には、LGBTの人々が集まるモスクワのクラブが治安当局によって強制捜査されたり、LGBTの保護団体が11月30日をもって法的に活動禁止となったりという事態が生じています。ロシア大統領選に向けてプーチン政権が、ロシア社会を伝統的価値観や反欧米主義へ誘導しているとの見方もあります(『日経新聞』2023年12月6日)。
ロシア正教を精神的支柱としつつ、民主主義とは相容れない、時代錯誤な観念にとりつかれ、自らは「家長」としてロシア民族という「家族」を団結させる。そんな「夢」に駆り立てられてプーチン大統領がロシアの再鋳造に乗り出そうとしているのではないかと危惧します。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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