「うそ発見器」という言葉を聞いたことのある方は多いかと思います。SFではなく実際に存在していて、私も学生時代には心理学の実習で使いました。「うそ発見器」というのは俗称で、本当はポリグラフと言います。脈拍と指先等の血流量、および皮膚電位を測定する機械です。皮膚電位というのは、我々の身体の皮膚の表面を流れている微弱な電波のことです。
この皮膚電位は、精神の状態に応じて変化しやすい場所と変化しづらい場所があります。「手に汗を握る」という言葉がありますが、手のひらは精神状態の影響の大きい場所の1つです。他方、腕の内側などはほとんど影響を受けません。そして何らかの事情で高い緊張状態にあったりすると、手のひらと腕の内側では皮膚電位に違いが生じるのです。人は嘘をついている時には緊張をするものなので、ポリグラフで皮膚電位を測定して、手のひらと腕の内側の電位に違いが生じているなら、その人は嘘をついているとみなせるというわけです。
しかし実際には、そんなに上手くはいきません。「わかりやすい」電位変化を示す人も確かにいるのですが、理論通りには全くいかないこともあります。「うそ発見器」それ自体は捜査などで使われることもあるのかもしれませんが(少なくともテレビドラマでは出てきますね)、その反応だけで証拠にするのは乱暴すぎますし、そんなことは認められていないでしょう。
さてそれを、教育現場で生徒や学生が授業に集中しているかどうかを管理するために使うという動きがあるようで、驚きました。
事例1
埼玉県の中学校。リストバンド端末で脈拍を計測、授業中の集中度をリアルタイム表示。事例2
滋賀県の小学校。カメラで頬の血管の血流を測定、感情を4種類に分類、教師の端末に表示。教員の負担が大きく今はデータ取得をやめている。感想:これも危ない。https://t.co/PvPw655lB9
— 星 暁雄 (ITと人権) (@AkioHoshi) September 19, 2023
佐倉統さん(@sakura_osamu)の #コメントプラス「こんな役に立たないデータを取るのは、やめた方がいい。百害あって一利ない…手段が目的化してしまうと、意味のない細かい手続きをただただ追求するだけになって、ろくなことはない。だから、これは一刻も早くやめるべきだ。」https://t.co/8nqCjpnI89
— 本田由紀 (@hahaguma) September 19, 2023
私が学生の頃、ポリグラフは非常に高価、かつ図体も大きいもので、大学に1台しかありませんでしたし、実験室に据え置いておくことしかできませんでした。今や技術が進歩して、一般の学校の教室で、生徒全員に装着して、彼女・彼らの身体の血流量をリアルタイムで測定して、教卓等に映し出すことが可能になっているようです。
率直に言って、怖いな…と思いますし、またそれがどこまで「正確」で、かつ子どもたちのためになるのかも疑問に思います。どこまで「正確」なのかというのは、血流量自体は正確に測定できているとしても、血流が増える原因は1つではないはずです。上述の「うそ発見器」の皮膚電位でも、手のひらの電位に変化が生じる原因は「嘘をついている」ことだけではありません。測定装置をつけられて緊張している、忘れ物をしたことを思い出してしまったなど、様々なことが考えられます。血流量の増加も、授業に集中しているだけではなく、「別のことを考えていてそちらに集中している」という可能性もあるでしょう。そして何より、血流量のような微細な身体の変化を、「授業への集中を高める」といった目的のために、日常的に監視するというのはどうなのでしょうか。
他にも、居眠りの検出というのもあるそうです。
どんなに素晴らしい授業でも、眠いときには学生は寝る。自分が学生だったときもそうだった。このシステムは授業内容の改善には使えないだろう。授業改善には、「理解できないときに押すボタン」を学生に配布するのがよい。https://t.co/WasGsOBAoN
— 森岡正博 Masahiro Morioka (@Sukuitohananika) August 5, 2023
居眠りを推奨はしませんが、仕方ないこともあります。また「授業が面白ければ居眠りをする学生がいなくなる」ということも考えにくいです。
このような身体の微細な部分をモニタリングする技術の発達は、生活習慣病の予防・治療などに有効なこともあると思いますが、使うべき場所(目的)とそうでない場所や目的があるように思います。
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