このところフランスのマクロン大統領の言動が波紋を呼んでいます。中国に歩み寄り過ぎで、欧米やG7の結束を乱すものではないかとの反発も関係諸国から出ています。
たとえば4月5日~7日に中国を訪問し、習近平国家主席から異例ともいえる歓待を受け(ちなみにこの訪中には、EU執行機関のフォンデアライエン委員長も同行)、中仏首脳の良好な関係をアピールしました。
そして中国からの帰国途中にも、大統領専用機内でフランス紙等のインタビューを受け、台湾情勢をめぐり「最悪なのは、欧州が米国に追随しなければならないと考えることだ。台湾問題で米国に加勢して、欧州に利益はあるのか。ノーだ」と断言したことが報じられました。
さらに、英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)が6月5日に伝えたところによれば、マクロン大統領はNATOが連絡事務所を東京に開設することに反対の意向を示したそうです。この開設に関しては、すでに5月、NATO事務総長が日本政府と具体的な協議を進めており、規定方針と考えられていました。この方針にNATO加盟国の一ヶ国でも反対すれば成立しません。なぜ今ごろになってマクロン大統領は異を唱えたのか?中国との関係を悪化させたくないからだとも言われています。こうしたマクロン氏の「単独行動」をどう見ますか?
いくつかの理由を挙げることができます。第1は、マクロン大統領の個人的な資質です。すなわち独立独行の人だということです。マクロン氏がフランス大統領選に勝利し就任したのは2017年のことですが、当時彼は39歳でした。フランス史上最年少の大統領です。付和雷同しない決然たる政治スタイルが、国民の支持につながったのでしょう。
一体にフランスでは「独立」の精神が尊ばれます。よくフランス政治を評して「ド・ゴール主義」ということが言われますが、これはかつてシャルル・ド・ゴール大統領がとった外交路線で、フランスは欧米(特に米英)に追随せず、独自の外交を追求すべきだというものです。マクロン大統領はそれを踏襲しているともいえます。
それが今、中国との接近をもたらしているということでしょうか?
中国とフランスは似ているともいわれます。どちらも自国中心の世界観を有し、いわゆる「中華思想的」な行動をとる傾向があります。中国とフランスの政治家は結構通じ合うところがあるのでしょう。
しかしマクロン大統領は習近平氏だけでなく、プーチン大統領との関係も大事にしています。ロシアのウクライナ侵攻後、マクロン氏はメディアのインタビューで「ロシアを辱めてはならない」と述べ、ロシアの立場への配慮を示し、侵攻前後の2021年12月以来、プーチン大統領と20回以上も電話協議を重ねています。このへんもマクロン大統領ならではのバランス感覚なのでしょう。
しかしフランス国民は納得しているのですか?
実は、第2の理由として内政事情を挙げたいのです。昨今のマクロン外交は、国民意識を考慮していると思われるふしがあるのです。4月5日~7日の訪中には、フランス大手企業のトップら50人あまりが同行しました。そして航空機160機の受注やフランス産豚肉などの農産品の輸出拡大で中国と合意したのです。マクロン大統領は4月5日、中国在留フランス人に向けた演説で「訪中時に重要な契約がいくつか締結される」と述べ、「中国が毎年生み出す富はEU加盟国の合計よりも多い」と中国市場の大きさを強調しました(『日経新聞』2023年4月7日)。つまりマクロン政権は、自国産業の中国市場での事業拡大を後押しすることによって、国内経済を上向かせようとしているわけです。
マクロン政権は今年3月、年金の受給開始年齢を引き上げる改革案を強行採決し、国民の大反発を招きました。国内は連日デモで大揉めに揉め、大統領の支持率は26%まで下がったといわれます。2022年の大統領選挙でも、フランスの代表的な極右政党「国民連合」のル・ペン党首にかなり追い詰められました。そのル・ペン氏は親プーチン派であり、EU強化に反対していると言われる人物です。マクロン氏としては、政権運営にあたって彼女の主張を無視できず、その支持層をも取り込んでいかなくてはなりません。それが現在の外交にも反映していると見ることもできます。
マクロン大統領は国内事情を優先し、欧米やNATOとの連帯をないがしろにしているということでしょうか?
そこが難しいところです。で、これが第3の理由ということになりますが、マクロン大統領は一見、独自外交を展開しているように見えますが、その実、他のEU諸国の本音を代弁し、欧米諸国(そこには米国も含まれます)の対外政策を先導する役目を担っているのかもしれません。
どういうことでしょうか?
中国との関係です。現在、欧米諸国は中国との関係修復に動いているとみられます。G7広島サミット閉幕後の5月21日、米国のバイデン大統領が記者会見のなかで、中国との「雪解け」が近いと述べ、G7は中国とのデカップリング(分断)を目指しているわけではなく、対中関係におけるリスク低減を望んでいるだけだと語ったこともその表れです。また、マクロン氏の中国訪問に、EUのフォンデアライエン委員長が同行したこともそれを証立てています。3月末にはスペインのサンチェス首相も訪中し、習近平氏と会談しています。中国の国力(特に経済力)の大きさを考えれば、中国と敵対することは得策でないと欧米は判断し、まずはフランスが率先して対中「宥和」に動いた、と解釈することも可能です。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。