かわらじ先生の国際講座~米国のしたたかさ――G7広島サミットを振り返って

主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)が5月19日~21日の全日程を終え閉幕しました。後半は急遽ウクライナのゼレンスキー大統領が来日し、主役の座を奪ってしまった感がありますが、サミットを振り返りどのような感想を持ちましたか?

たしかにゼレンスキー大統領の参加は鮮烈な印象を残しました。もし彼が来なければ、マスコミの報道もこれほど活気を帯びなかったでしょうし、そもそもサミットへの人々の関心もそんなに高まらなかったでしょう。とはいえ国際政治の専門家としていえば、真の主役は米国のバイデン大統領だったのだろうと思います。

ですが米国は国内の「債務上限」問題をめぐって混乱し、一時は大統領の訪日キャンセルも取り沙汰されるほどでした。バイデン氏はこの問題のせいで訪日後に予定していた豪州訪問を中止し、サミット初日の夕食会も途中退席しました。テレビに映る大統領の姿もどこか弱々しく見えましたが、それでもその存在は大きかったということですか?

内政問題で手を焼いているバイデン大統領を見ますと、存在感の陰りを指摘できなくもありませんが、サミット1週間前に、バイデン氏欠席の可能性が報道されたときのインパクトを思えば、やはり主役と言わざるを得ないでしょう。米大統領不在のサミットは価値が半減したはずです。ただし、バイデン氏出席という既定方針は、当初から揺るぎなかったように思われます。

それはなぜですか?

今回のサミットで一番象徴的な出来事は、米国とウクライナの大統領が広島で対面し、米国が自国製の戦闘機F16のウクライナへの供与を承認したことでした(ただし米国が直接渡すのでなく、NATO加盟国が協力する「戦闘機連合」を通じて供与する形をとる由)。ウクライナ側が長らく望んでいたF16供与の決定は「何週間にもわたる非常に多くの作業の結果」とのことで、これをサミットのとき、ゼレンスキー大統領に直接伝えるというドラマチックな演出が事前に練られていたようです(『讀賣新聞』2023年5月22日「G7広島サミット」)。
ゼレンスキー大統領の来日も、突然決まったように見えますが、実は約1ヶ月前から極秘の調整が始まっていたといいます(『京都新聞』2023年5月21日「インサイド」)。サミット参加国の首脳にも事前に伝えられており(むろん極秘事項としてですが)、それだからこそ次々と滞りなく首脳会談が行われたのでしょう。

今回のサミットに偶然の要素はなく、すべてはシナリオ通りだったということですか?

はい。シナリオといえば、今回のサミットの主要なポイントは、第一に「グローバルサウス」と呼ばれる途上国・新興国をG7の味方につけること、第二に、中国とロシアの間にくさびを打ち込み、中国と一定の関係改善を図ることだったと考えられます。
第一の点に関しては、「グローバルサウス」の地域代表であるインド、ブラジル、インドネシア、ベトナム、コモロ、クック諸島を招待しました。また、「グローバルサウス」という呼称は“上から目線”であるとして「パートナー」と呼ぶことにしたのも米国の意向によるといわれます。

「グローバルサウス」を引き寄せようという意図は理解できますが、中国との「関係改善」とはどういうことでしょう?G7にとってはロシアと並ぶ敵対国ではありませんか?

バイデン大統領はサミット終了後(21日)、広島で行った記者会見のなかで、米中関係は「まもなく雪解けする」と明言しました。台湾有事は「避けられないものではない」「台湾が独立を宣言するとは思わない」等とも語り、「我々は中国からのデカップリング(分断)を目指していない。中国との関係においてリスク軽減や調整を目指している」と述べたのです。こうした方針はG7首脳声明にも記されました。すなわち「中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意がある。国際社会での中国の役割と経済規模にかんがみ、中国と協力する必要がある。我々の政策方針は、中国を害することを目的としていない」云々といった具合です。
今まで日米は、中国を封じ込めるために「自由で開かれたインド太平洋」構想を推し進め、QUADといわれる対中包囲網を形成してきましたので、バイデン大統領の対中方針は日本からすれば何か割り切れないものを感じざるを得ませんが、考えてみれば、バイデン氏がかつて副大統領を務めたオバマ政権は、中国との関係強化に力を入れていましたから、バイデン大統領の中国政策は、オバマ政権時代に立ち返ったのだともいえるわけです。

しかし中国側は首脳声明の内容に反発し、外務次官が日本の駐中国大使を呼び出して激しく抗議したと聞きます。中国の海洋進出、台湾問題、経済的威圧など声明に盛り込まれたG7の中国に対する懸念に逐一反論したとか。声明は決して中国に宥和的だとは思えないのですが、どうですか?

中国への諸々の懸念が列挙されたのは事実です。しかし中国側の批判が主として議長国である日本に向けられ、いわば日本をやり玉にあげる形で矛を収めようとの意志も透けて見えます。また、G7に対する中国の厳しい非難は、ロシアへの義理立てという面もありそうな気がします。中国外務省は米国に対しても、対話を求めるならば内政干渉をやめ、制裁を撤回するなど環境を整えるべきだと主張しています。しかし、繰り返しになりますが、バイデン大統領が記者会見のなかで、中国との関係は「まもなく雪解けする」と述べたことには根拠があるはずです。水面下で何らかの交渉が始まっているのかもしれません。いずれにせよ中国側は、接近を試みる米国のシグナルをしっかり受け止めたはずです。今後、米中の関係改善に向けての動きに注目したいと思います。

日本は台湾有事に備え、南西諸島の防衛力増強や防衛予算の増額といった措置をとりつづけ、安全保障面では中国を仮想敵国にしていますが、これも米国の要請に応えた結果だと思われます。なのに米国がいち早く中国との関係を改善させるようだと、日本としては何かハシゴを外された感じがしてしまいますが、どうなのでしょう?

米国はしたたかな国です。日中を親しくさせないまま米中関係の改善を図ることにメリットを見出しているのかもしれません。うがった見方になるかもしれませんが、欧州情勢についても同じことがいえます。

どういうことですか?

もしウクライナ戦争が起こっていなければ、欧州情勢はどうなっていたか。ドイツを始めとする欧州諸国はますますロシアの天然資源に依存し、相互依存は深まっていたでしょう。ロシアが敵対しなければ、NATOの存在意義は弱まります。その盟主である米国は欧州にとって鬱陶しい存在になり、疎外される可能性もありました。しかしウクライナ戦争によって欧州は再び米国との連帯を取り戻し、米国のリーダーシップに従うようになったのです。底意地の悪い見方をすれば、これからも世界の覇権国たらんとする米国に、日本もウクライナも利用されているという局面もあるのではないでしょうか。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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