岸田首相が自民党の会合で、衆参両院の憲法審査会で改正に向けた具体的な議論を早急に深めるよう求めた(4月25日NHKnewsweb)と報じられました。改憲に向けた動きが加速しそうです。憲法にどんなことが書いてあるか知ろうと始めた「日本国憲法」の朗読企画の新たなシリーズを、「憲法記念日」の今日から始めます。第3弾は憲法学が専門の立命館大学法科大学院教授の倉田玲さんが選んだ条文を、5回シリーズでお届けします。初回は第三章 国民の権利及び義務から個人の尊重と公共の福祉を謳った第13条と第6章 司法から最高裁判所の法令審査権を謳った第81条。朗読はフリーアナウンサーの塩見祐子さん、イラストはかしわぎまきこさん、動画の再生時間は1分6秒です。
日本国憲法の第13条は、1つの段落に2つの文が並んでいる構造になっています。2つ以上の段落が並んでいる場合は、順に第1項、第2項と数えるのですが、1つの段落の前の方や後の方は、それぞれ前段や後段と呼びます。第13条の前段には「個人として尊重される」と定められており、後段には「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」が定められています。この「個人として尊重される」のにふさわしい「権利」は、皆の選挙で選ばれる皆の代表者が皆に成り代わり集まって話し合って皆のルールを決める「立法」との関係でも「最大の尊重を必要とする」と定められています。わがまま勝手に他人の迷惑を顧みない無茶な「権利」の使い方が許されるようでは皆が困りますから、あくまでも「公共の福祉に反しない限り」の保障ですが、逆に誰にも迷惑をかけないのであれば、国会議員たちの多数決による「立法」にも侵害されてはならないということが、かけがえのない「個人として尊重される」のにふさわしい「権利」だと読みとることができるでしょう。第13条には、利己主義とは異なる個人主義が定められているのだと説明することができます。
第81条に「法律」と書かれているのは、第13条の後段の「立法」という国会議員たちの仕事により生み出される皆のルールのことですが、このような仕事の成果である「法律」のことを「立法」と呼ぶことも少なくありません。第81条の「憲法に適合するかしないかを決定する権限」により憲法違反だと判定されると、第98条第1項に定められているとおり「法律」であっても「その効力を有しない」ということになります。「最高裁判所」が憲法に絡む事件を最後に裁く「終審裁判所」であるという定め方は、そこに至る以前の段階でも同じ「権限」が発動されることがあるということを示しています。
第76条第3項に定められているとおり、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」のですが、おかしな遠慮をすることなく「憲法」違反の「法律」を違憲と判定することができるように政治の世界からも「独立」しているのは、もちろん「最高裁判所」の「裁判官」ばかりではありません。そのときどきの多数決の結果しだいではなく憲法の規定に基づいて「個人として尊重される」のにふさわしい「権利」が保障されるということは、このような「権利」を踏みにじるような「立法」が国民主権の原理に基づく政治の限界を超えてしまうということだと理解することができるでしょう。利己主義とは異なる個人主義は、民主主義が万能でないことも意味していると説明することができます。
※次回は5月17日(水)に第14条 第1項を公開予定です。