かわらじ先生の国際講座~日本政府、「同志国」軍への支援制度を決定

わが国は1954年以来、ODA(政府開発援助)と呼ばれる途上国への支援に取り組み、それらの国々の経済や社会の発展の手助けをしてきました。4月5日に政府は、このODAに加え、新たにOSA(政府安全保障能力強化支援)という名の支援枠組みを創設すると発表しました。これはいかなるものなのでしょう?

政府の公式発表については、以下のURLをご覧ください。

その中身に関しては、次のNHKのサイトがわかりやすいでしょう。

 NHKニュース 
政府 同志国の軍に防衛装備品など提供 新枠組み「OSA」創設 | NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230405/k10014029541000.html
【NHK】地域の安全保障協力を深めるため、政府は、同志国の軍に防衛装備品などを提供する新たな支援の枠組みを創設することを決めました…

従来のODAが、途上国の国内発展に資するための非軍事的(平和的)支援策だったのに対し、OSAは相手国の軍への直接支援(つまりテコ入れ)を企図したものだというのが最大の特徴です。あけすけな言い方をしてしまえば、政府が他国の軍事支援に乗り出すことを正式決定したわけです。突然出てきた策ではなく、昨年12月16日に閣議決定された「国家安全保障戦略」にも記載されていたもので、それを粛々と実行に移したということでしょう。ただ、この時期に出されたのは、5月に予定されている広島G7サミットを考慮してのことと推測されます。他のメンバー国がウクライナへの軍事支援を行っている手前、議長国としての日本も軍事面での「国際貢献」の実績作りが必要と判断されたのだと思います。

しかし現実の国際関係は、もはや日本の「一国平和主義」を許さない状況にあるとは言えないでしょうか。日本も軍事面でのコミットメントが求められているのでは?

まさにそれが日本政府の立場です。外務省のHPにも「我が国が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれる中……我が国にとって望ましい安全保障環境を創出するためには、我が国自身の防衛力の抜本的強化に加え、同志国の抑止力を向上させることが不可欠」だと記されています。日本だけがいくら防衛力を強化してもだめで、同志国の防衛能力も同時に高める必要があり、それを日本が手助けしてやろうということです。

外務省がいう「同志国」とはどこを指しているのでしょう?

明示されているわけではありませんが、G7加盟国やNATOは含まれません。日本が「支援」する側になるわけですので、発展途上国が念頭に置かれています。そして、日本政府が一番問題にしているのは中国海軍の勢力拡張ですから、「インド太平洋」諸国ということになります。実は政府は第一弾の支援対象国を発表しており、それはフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジーで、いずれも中国の進出に直面している国々です。政府はこの4ヵ国に対し、警戒監視用レーダーや船舶用通信システムの供与を考えているようです。軍事支援とはいえ、「防衛装備移転三原則」やその運用指針に基づいて行われますので、国際紛争に直接介入するような支援、さらには殺傷能力のある武器提供は、今のところOSAでは想定されていません。

では、このOSAで何か懸念される点はあるのでしょうか?

とりあえず2点挙げておきたいと思います。第1点は、「同志国」という概念の妥当性です。外務省HPの英語版をみますと、「like-minded countries」と訳されています。「同じ考えを有する国」ですね。これは典型的な冷戦思考の産物で、世界を日本にとっての味方国と敵国に二分するものです。しかし相互依存が進む現代の複雑な国際情勢において、そもそもそんな二分法が可能なのか。たとえば支援対象国のフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジーにしろ、それぞれの国益があって、中国と対立する局面もあれば、緊密に連携する場面も出てくるでしょう。それを日本の軍事支援によって、無理やり中国から引き離そうとしても土台無理な相談だと思います。
また、支援対象国の条件として、「民主化の定着」「法の支配」「基本的人権の尊重」が考慮されると政府は説明していますが、そのような条件を満たせないのが発展途上国のジレンマなのです。先の4ヵ国にしても、これらがきちんと守られていると言っていいのかどうか。また、途上国の問題は、政変が起こりやすいことです。「同志国」内部で政変が起こり、反政府側が政権を握った場合はどうなるのでしょう。そのときは「同志国」の枠から外すのでしょうか。
私見を述べれば、同志国・非同志国などと分類するよりも、個々の途上国に対して民主化の定着や基本的人権の遵守を促し、市民社会の形成を手助けするほうが、結果的には日本の「同志」を増やすことにつながるのではないでしょうか。

それでは、懸念される2点目は何でしょう?

軍事支援を行うこと自体への懸念です。「平和主義」は日本が世界に誇り得る「国家ブランド」でした。そのブランドを自ら放棄することの是非を国会でもっと議論してほしいと思います。このOSAも国会で真剣に討議されることなくあっさり決まってしまいました。日本の民主主義が危ぶまれます。
さらには支援内容に関しても不安を感じます。自民・公明両党は、4月下旬にも「防衛装備移転三原則」およびその運用方針の見直しを開始すると報じられています。見直し次第で、途上国に対して殺傷能力を有する武器の提供も可能になるでしょう。ウクライナにも兵器を渡すことができるようになるかもしれません。果してそれが日本の安全保障環境をよくするのか、悪化させるのか、今一度考える必要があります。敵対する両勢力の一方に軍事的な加担をすることは、当然のことながら、もう一方の敵意を自らに向けることになるわけですから。
そして最後に、政府による他国の軍隊への支援という決定を聞いてわたしが感じたのは、これではまるで日本そのものが「民間軍事会社」になろうとしているようだなということです。「ニッポン株式会社」ならぬ「ニッポン軍事会社」です。政府は「無償」による支援といっていますが、その支援を受注するのは日本の民間会社だとなれば、それらが他国の軍と結託し、支援の名のもとに経済的利益を引き出すシステムが形成されていくのではないか。それが税収として国庫を潤すとすれば、軍事支援が日本経済再生の切り札となると政治家が考えているのではあるまいか……などというのは邪推でしょうか。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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