かわらじ先生の国際講座~習近平国家主席のロシア訪問

3月20日から22日までの日程で、中国の習近平国家主席がロシアを公式訪問しています。
昨年12月30日、中露首脳はオンライン協議を行い、その際、プーチン大統領は「来春の習主席のモスクワ訪問を楽しみにしている」と呼びかけましたが、中国側から明確な回答はありませんでした。今年2月20日、中国外交部門トップの王毅共産党政治局員がロシアを訪問し、プーチン大統領と会談しましたが、その折にもプーチン氏は「習主席をロシアで待っている。以前、そう合意した」と述べたものの、王氏は確答を避けていました。
こうした経緯をみると、この件に関する中国側の慎重姿勢が窺われますし、今回の習主席訪露は「電撃的」との印象も受けますがいかがでしょう?

中国政府が習近平氏の訪露日程を公表したのは3月17日、すなわち出発の3日前ですから、たしかに電撃的です。わたし自身ももう少し先のことだろうと予想していました。しかし国賓待遇での公式訪問ですし、共同声明なども発表するわけですので、着々と入念な準備はしていたはずです。ロシア側が習近平主席の早期訪露を強く望んでいたのは先に述べたとおりです。あとは中国側の決断にかかっていたと思われます。そして習近平氏にこのタイミングでの訪露を決めさせた要因は「ウクライナ問題」であったと言っていいでしょう。

それはなぜですか?

ロシアのウクライナ侵攻以来、中国は「中立」の立場をとってきました。ロシアを非難もせず、支持もしないという曖昧なスタンスで、ただしロシアへの制裁には反対してきたのです。欧米諸国は中国によるロシアへの直接的な軍事支援を警戒してきましたが、それも今のところ行っていません。つまり中国は、ウクライナ戦争の支持者となることを一貫して避けてきたわけです。習氏の訪露は、この原則を離れ戦争の加担者となるリスクがあります。そうはならない、むしろ「平和の使者」として世界にアピールできるとの算段がついたところで習政権はこの訪露を決めたのだと考えられます。習主席自身、3月20日付『ロシア新聞』に寄稿した論文でも、この訪問の目的を「友好、協力、そして平和」の強化であると述べています。「ロシアとの」という限定はありませんので、「世界の」という意味合いなのでしょう。

具体的に「算段がついた」とはどういうことですか?
第一に、中国政府(外務省)は2月24日(ロシアのウクライナ侵攻開始から1年目となる日)、ウェブサイトに「ウクライナ危機への政治的解決のための中国の立場」と題する12項目の和平案を提示しました。この提案の中身と分析については以下の長谷川良氏の論考が参考になります。

ロシアとウクライナはこの提案に関心を示し、検討の用意がある旨表明しました。つまり中国は和平交渉の「仲介者」として当事国から認められたのです。
第二に、中国の仲介により3月10日、犬猿の仲であったサウジアラビアとイランが外交関係を正常化させたことです。中国としては米国以上の「平和の創設者」としての実力を世界に誇示できたわけで、中東における成功にウクライナ和平への貢献が加われば、中国の国際的威信は一気に高まるとの計算があるものと思われます。

3月20日、中露首脳は約4時間半にわたり非公式会談を行ったと報道されています。これは他の閣僚たちを交え、両国の経済協力などを議論する翌日の公式会談とは異なり、最高指導者同士の腹を割った、いわば筋書きのない真剣なやり取りだったと推測されます。その焦点はウクライナ和平をめぐるものだったことは間違いありません。

中国側がロシアによるウクライナ侵略を肯定する言質を与えれば、中国の「平和外交」は台無しで、中東における成功もかすんでしまいます。習主席の役割は、プーチン大統領から何かしらの妥協を勝ち取り、ウクライナのゼレンスキー大統領が交渉に応じてもよいと考える条件を作ることです。その役割を果たせそうでしょうか?

プーチン大統領は習主席訪露の直前、クリミア半島のセバストポリとドネツク州のマリウポリを訪れ、ロシア軍の制圧地域を自国領と見なす姿勢を改めて世界に見せつけました。かりに中国がどう働きかけても、領土を手放すつもりは金輪際ないようです。他方、ゼレンスキー大統領側としては、ウクライナ領からのロシア軍の撤退が交渉の大前提で、領土を奪われたままでの和平はあり得ません。正直なところ、現状のままでロシアとウクライナが和平交渉のテーブルにつくとは思えません。それにもかかわらず習近平氏はモスクワを訪問し、そのあとはゼレンスキー大統領ともオンライン会談をするのではないかとの憶測もあります。
中国の交渉能力の源は経済力です。速断はできませんが、和平の妥協点を見出すことができない場合、中国は戦争を継続する両国とこのまま貿易を拡大し、ロシアには彼らが欲する技術や物資を提供し、ウクライナからは穀物の買入れを増やすなど、それぞれの要求を満たしつつ、自国の利益を増進させる実利外交を展開することになる、という平凡な結果になることも予想されます。いずれにせよ、すべてはまだ現在進行形で動いています。わが国の岸田首相もウクライナを電撃訪問しました。まもなくゼレンスキー大統領と会談する模様です。これが中露会談に影響するのか否かも含め、事態の推移を見守りたいと思います。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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