消されゆく歩行者

1.すごく頑張って読むと「歩行者横断禁止」と書いてある(奥戸街道(葛飾区))

歩くのが好き。家が駅から遠いこともあり、毎日いっぱい(15000歩くらい)歩いている。
歩く道道では、乗り物に乗ってたら気づかないあれこれに気づくし、頭の回路がぐるぐるまわってよいアイデアが浮かんだりする。
過日のこと。近所の都道を歩いていると、こんな看板が目に留まった。
「歩行者も、交通ルールを守りましょう」
これから信号無視して渡っちゃおうと思ってたとこなので、見透かされてるようで(わ!)と思った。

2.頑張ってももはや「とまれ」ではない(葛飾区内・区道)

そして何だかこの言葉が頭に引っ掛かり、考えながらてくてくと残りの帰路を歩いたのだった。
「守る」って、ゴールキーパーがゴールを敵のシュートから守るみたいに、なにか大事な、侵されたくないものを庇う、っていうこと? としたら、これは「交通ルール」という大事なものを「違反」という敵から守ろう、車ばかりでなく歩行者だって。というような意味だろう。
って考えて何だかイヤな気持ちになった。この道は圧倒的に歩行者より車の方が通行している(たぶん歩行者は1%ぐらい。)交通ルールとは本来、そのマイノリティを守るためのものではないの?
歩行者という平和的集団の社会に、「車」という外敵が侵入した。車は人を殺す恐ろしいもの。だから「交通ルール」で車の動きを制限し、「人」という大事なものを守る。だから本当は「交通ルールで、人を守ろう!」または「歩行者も、交通ルールで身を守ろう!」なんではないの? 車がなければルールなんて不要だったんだから。

3.明らかに「とまれ」(2と同じ道(次の角))

なのに、「歩行者も交通ルールを守りましょう」。これでは、歩行者よりルールが上位に来てしまう。だからやな感じがしたんだな、とか思ってるうち、ふと気づいた。
交通ルールは、人を守るためにできたものではない。のではないか?
米国、北海道、日本各地のニュータウン。人間の歴史は、侵略者側の歴史である。そしていつも侵略者が自分に都合のよいルールを作ってきた。
侵略者側の車からすると、便利な我が社会に、まだ足なんかでノロノロ進む「歩行者」という邪魔な異物(遺物)が存在する。そいつらのせいで、俺らはせっかく速く動けるのにまっすぐ走れない。で、「信号」や「歩道橋」、「車専用」の道を作った。これで快適にスースー進めるはずだ。・・・ところが!、信号無視したり車専用路を横断する凶悪人たる「歩行者」がたまにいる。すっごい邪魔!はね殺してしまえ! でもそれやったら罪に問われるのは「車」の方! 冗談じゃあない、「歩行者」はルールを守れ、すっこんでろ! 消えてくれ! というメッセージ。

4.鮮やか、ぴかぴか(葛飾区内・区道)

そんな、車側からの呼びかけだったんだろうなと思った。
こんな発想の社会だから、障害者とか性的マイノリティとか、ホームレスとか、外国人とか、への蔑視はなくならない。「多様性」とかさも美しげに謳ったってなんだか底が見えてるなと思った。その車がなきゃ、実は私だって今の生活が成り立っていないんだから私の底も見えている・・・。

ここまで書いて、件の看板の写真を撮りに行った。そしたら、見かけたはずの一帯のどこにもそれはなく、よれよれでほとんど読めない「歩行者横断禁止」の垂れ幕があるばかり。あれ?と思ってうろつくと、人向けの「とまれ」という路上命令が消えかけ、かわりに自転車マークの「とまれ」の文字が輝いている。また別の交差点には単に「自転車も止まれ!」の真新しい看板。
なるほど自転車の台頭で車社会はとみに自転車を意識しだし、車サイドに取り込むべく「自転車安全利用五則」を発令(2022年11月)。以降看板の入れ替えを始めているようだ。
その社会にとってはもはや、歩行者は「無い」ものになりつつあるのかもしれない。(一応まだ歩道はあるけど)
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塔島ひろみ<詩人・ミニコミ誌「車掌」編集長>
『ユリイカ』1984年度新鋭詩人。1987年ミニコミ「車掌」創刊。編集長として現在も発行を続ける。著書に『楽しい〔つづり方〕教室』(出版研)『鈴木の人』(洋泉社)など。東京大学大学院経済学研究科にて非常勤で事務職を務める。


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