かわらじ先生の国際講座~ウクライナ戦争の1年を振り返る

ロシアがウクライナへの侵攻を開始してから2月24日で丸1年となります。プーチン大統領は21日、2年ぶりとなる年次教書演説を行うとのことですので、そこで何らかの総括と今後の見通しを語るのではないかと思われますが、まずはこの1年を振り返っていかがですか?

ウクライナはここまでよく持ちこたえたというのが率直な印象です。保有する軍事力からいえば10対1でロシア側が凌駕していたわけですから。ウクライナ兵の士気の高さはもちろんですが、欧米諸国の軍事支援の効果は絶大だということでしょう。そしてウクライナの存在感を世界に見せつけた1年だったといえます。長い世界史のなかでも、ウクライナがこれほど注目され、国際的な関心事となったことはかつてなかったはずです。

ウクライナの存在感について、もう少しかみ砕いて説明してもらえますか?

2国間の紛争はいくらでも存在します。ナゴルノ・カラバフをめぐるアルメニアとアゼルバイジャンの紛争や、国境地帯における中国軍とインド軍の衝突等々です。しかしそれらの多くはローカルな問題と認識され、国際関係を揺るがすことはありません。ウクライナ戦争も、スラブ民族同士の仲違いだと解することもできたでしょう。しかし結果的には、国際社会を巻き込む大問題に発展し現在に至っています。そうなった要因としては2つのことが考えられます。
第1の要因は、米国のバイデン政権の思惑ともつながるのですが、ウクライナ戦争が世界を舞台とした民主主義と専制主義の闘争だと位置づけられたことです。そのため国際社会は否応なく両陣営に二分され、たとえば日本とNATOの連携が強まるなど、グローバルなレベルでの軍事的な対決姿勢があらわになりました。

第2の要因は何ですか?

ロシアとウクライナの国力の大きさ、そして対外的な影響力の大きさです。今日の世界的な物価高、エネルギー価格の高騰、建築資材その他の不足、穀物の供給不足など、この戦争が世界経済に与えているインパクトは計り知れません。コロナ禍で世界は大打撃を受けましたが、それに追い打ちをかけるようにこの戦争が起こるとは、1年前までほとんどの人が予想していなかったでしょう。ご存じのようにロシアは、天然ガスや原油など世界最大級の資源大国ですし、国連統計によれば、小麦の輸出量でもロシアは世界第1位、ウクライナは5位です(2020年現在)。
今さらこんなことを言っても仕方ありませんが、もしロシアとウクライナが戦わずに手を結べば、世界経済を左右し得る途轍もない力を得ることができるでしょう。地理的にも欧州とアジア、さらには(黒海を介して)中東からアフリカへと影響力を行使でき、米国や中国と比肩し得るだけの「覇権」を握ることも可能なはずです。ウクライナはEUの枠に収まってしまうより、ロシアと連携したほうが本領を発揮できるのではないか、とすら思えます。

しかしこの戦争という現実の前では、ロシアとウクライナの協力関係など夢のまた夢という気がしてしまうのですがどうですか?

たしかに現状を考えれば夢物語でしょう。とはいえ、この戦争によってロシア人とウクライナ人が民族的憎悪に駆られているとは思えません。むしろどちらの国民もなぜこんなことになってしまったのかと当惑しているのではないでしょうか。この戦争は民族的な対立がもたらしたというより、単純な言い方をしてしまえば、プーチン・ゼレンスキー両大統領の戦いなのではないかと感じます。もしロシアの大統領がプーチン氏でなければ、こんな無謀な侵略戦争を始めなかったにちがいありません。またゼレンスキー氏も歴代の大統領とは一線を画し、NATO・EU一辺倒に舵を切り替えました。プーチン氏に責任があることは論を俟ちませんが、鉄のような意志をもったこの2人の大統領がそれぞれの国を率いるかぎり、この戦争に和平はないように思います。

ということは、今後も戦争は継続するのでしょうか?

プーチン氏かゼレンスキー氏のどちらかが政治の舞台から退場しないかぎり、終りは見えてきません。そしてプーチン氏の早期の退場を願いますが、それが実現したとして、果して民主主義の勝利と言えるのか、わたしは疑問を抱いています。

それはどういうことでしょう?

ウクライナも本質において、欧米諸国の民主主義とは異なる政治風土の国だとみているからです。つい先日も、汚職問題の責任をとってウクライナの国防相が交代すると報じられましたが、もともとウクライナは汚職大国で、その点では典型的な発展途上国です。また、帝政ロシア期からソ連時代に引き継がれた政治文化をもっていること、ロシア人とウクライナ人が分かちがたく混在していること等々を勘案すれば、ロシアと縁を切るわけにはゆきません。それに現今のゼレンスキー政権も、戦時下で一種の独裁を行っています。戦時ですからそれは当然のことですが、いずれ平時がやってきても、この強力な「上からの」イニシアチブがウクライナには必要なのではないかと考えています。西側欧米流の民主主義が正義とは限りません。ベラルーシのルカシェンコ政権にはわたしも多々疑念を抱いていますが、しかしロシア、ウクライナ、ベラルーシといったスラブ圏は、中東諸国などと同様、欧米型の民主主義とは別の原理に立ったほうが統治しやすいように思えるのです。いつの日か、ウクライナがロシアと和解し、独自のスラブ文明圏の創出に向かう可能性もあるのではないでしょうか。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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