かわらじ先生の国際講座~東南アジアを軸とした国際政治のうねり

東南アジアを舞台に、国際政治が大きく動こうとしているように見えます。現在もここで次々と国際首脳会議が行われています。その日程は以下のとおりです。
・11月12日 ASEAN+3(日中韓)首脳会議(カンボジアの首都プノンペン)
・11月13日 ASEANグローバル対話(プノンペン)
・11月13日 東アジア首脳会議(EAS)(プノンペン)
・11月14日~15日 G20バリ・サミット(インドネシアのバリ島)
・11月18日~19日 APEC首脳会議(タイの首都バンコク)
こうした国際会議の合間には、各国が積極的に2国間会談を展開しています。岸田首相もASEAN諸国との首脳会談のほか、日米首脳会談、日米韓首脳会合、日韓首脳会談を行い、日中首脳会談も予定されているそうです。
米国のバイデン大統領も14日バリ島で、中国の習近平国家主席との会談に臨んでいますが、これは大統領就任後初となる、対面での米中首脳会談とのことです。
当初はロシアのプーチン大統領も東南アジア入りを計画していると伝えられていましたが、結局ロシアは、ラブロフ外相を派遣しました。ただ、そのラブロフ氏がG20サミット開催地のバリ島に到着後、病院に搬送されたと報道されていますが、ロシア側は否定しており、今のところ真相は不明です。
ところで、これら一連の国際首脳会議が東南アジアで開かれていることの意味は何でしょうか?

今年2月に始まったウクライナ戦争によって、国際社会の主要な関心事はヨーロッパ情勢にありましたが、それがアジア方面に推移してきたといえそうです。特に「インド太平洋」という概念が近年国際関係において比重を増し、その中心舞台がASEAN諸国であるという事情が背景にあると思われます。

その点をもうすこし詳しく説明してください。

ご承知のように日本は安倍政権時以来、米国と協力して「自由で開かれたインド太平洋」構想を掲げ、中国をライバルとし、ASEAN諸国の取り込みに力を注いでいます。

韓国の尹錫悦大統領も11月11日、韓・ASEAN首脳会議で「ASEANをはじめとする主要国との連帯と協力を通じて、自由で、平和で、繁栄するインド太平洋地域を築いていく」と述べ、「韓国版インド太平洋戦略」を公式発表しました。

米国のバイデン大統領もTPPに代わる新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)を打ち出し、日韓を含めた14ヶ国が加入交渉を行っていますが、ASEANからはインドネシア、シンガポール、ベトナムなど7ヶ国がそれに参加しています。ただし中国と立場が近いカンボジアなど3ヶ国は不参加を決めました(『京都新聞』2022年11月13日)。
ASEAN自身も2019年6月に、独自のインド太平洋構想「ASEAN Outlook on the Indo-Pacific」(AOIP)を採択し、これを米国政府も歓迎しました。

「インド太平洋」という概念は、中国が掲げる「一帯一路」への対抗策として出てきたと考えられますが、そうすると現在のASEANは、中国と距離をとりつつ日米韓寄りのスタンスを鮮明にしたということですか?

そこがASEANのしたたかなところで、そういうことではないのです。11月9日、シンガポールのバラクリシュナン外相が講演し、米中どちらにも偏らない「非同盟運動」が必要だと述べ、「代理戦争の舞台になろうとしている国はない」と強調したそうですが、まさにこれがASEANの立場であろうと思われます(『京都新聞』2022年11月13日)。
ASEANは、大国間でバランスをとることを重視しているといわれます。大国は様々な形でASEANへの関与を深めようと一生懸命です。なぜならこの地域が「インド太平洋」のまさに要だからです。たとえば米国は気候変動や感染症対策面での支援を行っています。中国は「一帯一路」を通じた経済協力の推進と貿易の拡大を図っています。日本は経済・安全保障面での関係強化を目指しています。ロシアは武器輸出や軍事政権の支援(対ミャンマー)という形で関与しようとしています。ASEAN諸国はこれらの申し出を受け入れつつ、特定の勢力へ傾くことがないよう巧みにバランスをとっているわけです。フィリピンのマルコス政権も、中国とは南シナ海で領有権を争っていますが、他方では経済協力の約束を取付けています。絶妙なバランス感覚といえるでしょう(『讀賣新聞』2022年11月13日)。
やや古いニュースになりますが、今年6月30日、G20サミット開催予定国インドネシアのジョコ大統領がロシアを訪問し、プーチン大統領の参加を促したのです。プーチン氏はこのサミットの開催を支持すると述べ、ジョコ大統領とにこやかに握手を交わしました。ジョコ大統領によるプーチン氏招待は、ASEAN諸国の総意だったはずです。このへんにもASEANのしたたかさが見て取れます。もしわが国が主催国であれば、プーチン氏の参加をボイコットした気がします。

ASEANの「非同盟」的ないし中立的な立場は、対立する国同士のトップが顔を合わせ、話し合いを行う上で、好都合な条件を提供しているといえるのかもしれませんね。

そう思います。ASEANには対立する国を引き寄せ、和解に向かわせる「磁場」があるのかもしれません。現に、ここで3年ぶりに会談を行った日韓首脳は、元徴用工問題を「早期に解決する」ことで一致をみました。。現在行われている米中首脳会談が、どのような成果をもたらすのかまだわかりませんが、両国が対立と衝突を回避するために何かしらの合意に至るのではないかと期待されます。
これからいよいよG20とAPECの首脳会議が始まりますが、ウクライナ戦争により欧州で生じた国際的亀裂が、このアジアの地で修復され、「第三次世界大戦」の不安を取り除き、和解の道を探るための機会となることを願っています。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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