10月27日、カザフスタンの首都アスタナで、旧ソ連中央アジア5ヵ国がEUと初の首脳級会談を開いたとのニュースに接し、驚きました。中央アジア諸国はロシアの同盟国、もっといえば勢力圏と思っていましたので、これら諸国が、ロシアと敵対するEUと独自の関係構築に動き出すとは意外でした。ロシア離れが起こっているのでしょうか?
ロシア側はこうしたカザフスタンの姿勢を不快に思い、警戒しているようで、牽制と見なし得る行動をとっています。カザフスタンは輸出用の原油の80%以上を黒海沿岸のロシアの港からパイプラインを通じて出荷していますが、ロシアは書類の不備や安全上の問題などを理由として、その輸出にストップをかけているのです。そこでカザフスタンは、ロシアを経由しない代替の輸送ルートの確立を急ピッチで進めようとしています。
なぜカザフスタンはロシアと距離を置こうとしているのですか?
独自の資源や高い技術もあり、もともと自立心の強い国ですが、ウクライナ戦争への反発が大きな動因となったことはたしかでしょう。第一に、トカエフ大統領はリベラル派ですから、プーチン氏とは思想信条が相容れません。第二に、カザフスタンはウクライナとは「兄弟国」として、良好な関係を築いていました。第三に、ロシアに加勢して自国まで国際的に孤立することは欲していません。第四に、アジアと欧州を架橋するユーラシア国家としての自負心がありますから、ロシアの国力と威信が後退した今こそ、自らの存在意義をアピールできる好機だと見なしているようです。そして第五に、大国である中国との強い絆もありますから、その力を後ろ盾として、ロシアの干渉を食い止められるとの自信もあるのでしょう。
今年1月の「クーデター未遂」騒動の鎮圧にあたっては、ロシア軍を中心とする「集団安全保障機構」(CSTO)軍の助けを求めざるを得ませんでしたが、その後、トカエフ大統領は自らの権力基盤を固め、ナザルバエフ前政権とは異なる民主化への道を歩みだしているように思われます。EUとの接近も、その表れであるとわたしは見ています。
他の中央アジア諸国の場合はどうなのでしょう?
これらの国々は民主主義とは程遠い権威主義体制をとっており、政権の性格からいえばロシアやベラルーシとの親和性が高いのですが、自分たちの庇護者としてのロシアへの信頼感を弱めているようです。たとえば9月にキルギスはタジキスタンと武力衝突を起こし、CSTOに助けを求めましたが、CSTO本部(ロシア)は、応じませんでした。ウクライナ戦争で手一杯で、それどころではなかったのでしょう。翌10月、キルギスはロシア軍やタジキスタン軍なども招いてCSTOの合同軍演習「不可分の同胞」を行う予定でしたが、両国軍の参加を拒み、結局、演習自体が中止となりました。
10月7日、ロシアのサンクトペテルブルクで、プーチン大統領の誕生日祝いを兼ねた独立国家共同体(CIS)の非公式首脳会談が開かれましたが、キルギスのジャパロフ大統領は「多忙」を理由に欠席しました。なお同氏は、9月の別の会合でも遅刻して、プーチン大統領に待ちぼうけを食わせています。キルギスのロシアに対する不信のほどがうかがわれます。
他方、タジキスタンのラフモン大統領も、10月14日にカザフスタンの首都アスタナで開催された中央アジア諸国とロシアによる会議のなかで、「ロシアはわれわれに敬意を払うべきだ」とプーチン大統領に対し異例の注文をつけたと報じられています(『朝日新聞』2022年10月18日)。もはやプーチン氏への遠慮や恐れがなくなっているのでしょう。
キルギスに話を戻しますと、すでに6月に、キルギスの外相たちは、首都ビシケクを訪れた米中央軍の高官と会談し、地域情勢の安定のために協力することを確認したのです。
よりによってロシアと敵対する米国の軍代表と協力関係を結ぶとは、キルギスも大胆ですね。これではロシアを敵に回すことになりませんか?
ところが、キルギスだけではないのです。今年8月に、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンの中央アジア4ヵ国が、米国、パキスタン、モンゴルとともに、タジキスタンで共同軍事演習を行ったのです。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。