かわらじ先生の国際講座~ロシアとウクライナ、次の一手

9月下旬から10月上旬にかけて、ウクライナ情勢は新局面に入ったように思われます。まず9月21日、ロシアのプーチン大統領は「部分的動員令」を発令。9月30日、プーチン氏はウクライナ東・南部の4州をロシアに併合する大統領に署名。10月4日、ロシア議会下院と上院が相次いでこれを批准。10月8日、ロシア本土とクリミア半島を結ぶクリミア橋が爆弾により破壊。10月9日、プーチン大統領はこの橋破壊を「ウクライナによるテロ」と表明。10月10日、ロシア軍はウクライナの首都キーウ中心部を含むウクライナ全土を一斉攻撃。この攻撃は現在も終わっていません。
いよいよロシアとウクライナは全面戦争に突入するのでしょうか?またNATOの参戦、そして最も危ぶまれるロシアの核使用は起こり得るのでしょうか?

ロシアは2月24日の対ウクライナ軍事侵攻開始以来、一貫してこれを「特別軍事作戦」と呼称してきましたが、こうした言い繕いがとっくに破綻していることはロシアの為政者とて自覚しているでしょう。そこでこれを「戦争」と位置付ける場合、いくつかの条件を整える必要があります。
第一に、正当性を主張するためには「祖国防衛戦争」という形をとらざるを得ません。ウクライナ領は祖国ではありませんから、4州を併合して「祖国」に組み入れた暁には、そこへのウクライナ軍の攻撃を「祖国への侵略」と見なすことができます(ロシアの手前勝手なこじつけにせよ)。
第二に、戦争に突入する以上、勝ち抜くためには大幅な兵力の増員が求められます。国民を動員し、大々的に兵員を徴募しなくてはなりません。「部分的動員令」はその地ならしということでしょう。
そして第三に、きっかけが必要です。わが国がかつて日中戦争を始める際、盧溝橋事件が合図になったように、敵がロシア領への攻撃を開始したという「事実」が求められるのです。
わたしはクリミア橋が爆破されたとき、ひょっとするとロシア側による自作自演ではないかと想像しました。自ら戦争のきっかけをでっちあげたのではないかと疑ったのです。でも、そうではなかったようです。

実際、今のところ大規模な戦争は始まっていませんね。

はい、わたしの読みとは異なり、ロシア側は大規模な戦争を望んでいないようです。クリミア橋の爆破を戦争の口実とするつもりで「自作自演」したならば、もっと大々的に破壊しないと国民世論は動かせません。しかし、橋はすでに一部復旧しています。また、プーチン大統領はこれをウクライナによる「テロ」と呼び、ウクライナ軍による正規の攻撃とは見なしませんでした。「テロ」に対して宣戦布告はできません。つまりプーチン氏は「テロ」であることに力点を置き、ウクライナとの全面戦争を回避したと見ていいでしょう。
また、橋破壊への報復としてウクライナ各地への爆撃を行いましたが、マスコミが「ウクライナ全土への一斉攻撃」と報じているわりには、限定的です。あくまで電力施設などインフラの破壊を目的としており、住民の居住地を無差別に爆撃しているわけではありません。プーチン大統領自身も10月14日、「現時点でこれ以上大規模攻撃はない」と述べ、一定の目標を達したとの見方を示しています。ウクライナ各地のインフラを破壊し、電力供給をストップするなどして、「これ以上抵抗すれば、ウクライナ人は厳しい冬を越せなくなるぞ」と脅しをかけるのが攻撃の狙いではないかと思われます。

繰り返しになりますが、ロシアに全面戦争へ移行するつもりはないということですね?それはなぜでしょう?

端的に言って、戦争を行う余力がないということです。ロシアはイランから、短距離弾道ミサイル等を供給してもらう合意を取り付けたらしいと報じられていますが(『京都新聞』10月17日夕刊)、実際、兵力や武器の損耗が著しく、戦争を継続できる状態ではありません。そもそも「部分的動員令」を出さなくてはならなくなったのも、それだけ兵力が払底しているということです。しかも、これに対する国民の反発は強く、招集を逃れたい若者たちが大挙して周辺国に脱出している様子はテレビ等で報じられているとおりです。プーチン氏は10月14日の記者会見で、「(目標とした)30万人のうち22万2000人を動員し、うち約1万6000人が戦闘任務に従事している。動員は2週間以内に完了する」と明言しましたが(『讀賣新聞』10月16日)、あえて2週間と期限をきってみせたのも、それが国民の理解を得られるぎりぎりの限度と考えてのことでしょう。

しかしウクライナ東・南部では、相変わらずロシア軍とウクライナ軍による攻防戦が繰り広げられていますし、ロシア側によるウクライナ各地の施設への攻撃はやみません。このままずるずると膠着状態が続くのでしょうか?

これはロシアとウクライナの次の一手次第でしょう。ロシアがウクライナの首都キーウなど主要都市の攻撃という蛮行を続ければ、ゼレンスキー政権も「一線」を越えて報復せねばならなくなるでしょう。すなわち、ロシア本土への攻撃です。さすがに首都モスクワをターゲットとはしないまでも、ロシア国民に苦痛を与えるような行動、たとえば暖房関連の施設への攻撃といった手段をとるかもしれません。こうした国民を人質にとるような行動の応酬は、次第にエスカレートし、その結果、望むと望まざるとにかかわらず、全面戦争の火蓋が切って落とされる可能性もあります。

—————————————
河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 21

Warning: Use of undefined constant php - assumed 'php' (this will throw an Error in a future version of PHP) in /home/canaria-club/www/wp-content/themes/mh-magazine-lite/content-single.php on line 30