かわらじ先生の国際講座~プーチン大統領の思考と行動

ロシアのプーチン大統領は2月24日、ウクライナへの「特殊軍事作戦」を行うと国民に演説し、実質上、ウクライナ全土への軍事侵攻に踏み切りました。一体大統領は何を考えているのでしょう?そしてウクライナをどうするつもりなのでしょうか?
正直なところ、まさか彼がこのような行動を起こすとは予測していませんでした。わたしの予測を越えるプーチン氏の思惑を探ることは非常に困難ですが、その言動を分析しながら、論点をできるだけ冷静に整理してみたいと思います。
歴史的にロシアには2つの思潮があります。西欧派とスラブ派です。西欧派は、西欧流の近代化をめざす立場。これに対しスラブ派は、ロシア正教を精神的支柱とし、スラブ民族古来の価値観を優先します。そして、個人主義や資本主義によって腐敗堕落した西欧の模倣を根絶すべしと考えます(詳しくは『公共論の再構築』(2020年、藤原書店)所載の「第4章 ロシアにおける公共と経済(河原地英武)」参照)。


プーチン氏は明らかにスラブ派の人間です。彼は2月21日、ウクライナ国内の自称「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認するにあたって1時間近い演説を行いました。そのなかで、大略次のように述べています。「ウクライナは単なる隣国ではない。我々自身の歴史、文化、精神的空間の切り離しがたい一部なのだ。現代のウクライナは共産主義のロシアによってつくられた。レーニンや同志たちがロシアの歴史的領土を切り離すという方法でつくった。」

この引用発言のポイントは何ですか?
2点あります。まず1点目ですが、今日ウクライナと呼んでいる部分は、本来はロシアの一部であるという認識です。このロシアとは20世紀初頭に崩れたロシア帝国を意味します。2点目ですが、いまのウクライナをつくったのはレーニン等の共産主義者だという認識です。つまりソ連ができたとき、ウクライナという行政区域も人工的につくられたのであって、これは共産主義者たちの作為によるものだったというのです。
ここからわかることは、プーチン氏の世界観はソ連への回帰ではなく、ロシア帝国の復興を目指したものだということです。ロシア帝国は、現在のロシア、ウクライナ、ベラルーシというスラブ3国を一体とした国家でした。プーチン大統領は旧ソ連の復活を試みているとの見方もありますが、たとえばバルト3国や中央アジア5ヵ国、モルドバなどはソ連時代にロシアと結びついた地域で、民族的にもスラブではありませんから、19世紀的価値観に立つスラブ派の立場からすれば、一体となるべき同胞ではありません。とはいえプーチン氏は思想家でなく、あくまで現実的な政治指導者ですから、スラブ民族の領域にとどまらず、より広い版図を求めているとの見方は否定できませんが……。

話をウクライナに戻しますが、プーチン大統領の野心は単に親露派地域の奪還ではなく、ウクライナ全土に及んでいるということですか?
ウクライナに対する全方向からの攻撃、特に首都キエフの攻略作戦は、全土制圧をめざしていることの証拠でしょう。ロシア国内でも、今後ウクライナをどう併合してゆくべきかといった議論が公然となされています。次のサイトをご覧下さい。↓

Станет ли Украина анахронизмом прошлого: какое будущее ждет эту страну после победы российской армии


ウクライナを3分割し、いったんそれぞれ独立させながら、順次ロシアに併合するプロセスをロシアの評論家やジャーナリストたちが提案しています。「NATOに加盟しない、中立的なウクライナ」という構想は、軍事侵攻前ならあり得たでしょう。しかし戦争になった以上、それ以前の条件での決着はないと思います。もしこのままウクライナが制圧されるなら、中立国という形でのウクライナの存続は幻想だと言わざるを得ません。ロシアに恭順を示す傀儡政権ができたにせよ、独立は一時的なプロセスで、結局はロシアに併合されるのではないか。プーチン氏の言動をみるかぎり、そのように思われてきます。

かりにプーチン氏個人がそう考えているにせよ、ふつうは国家の諸機関によってそうした無謀な野望は抑制されるものではありませんか?
民主主義国ならそうです。しかし今のロシアでは大統領に盾突く者はいません。大臣や側近たちはイエスマンで固められていますし、議会も翼賛体制で真の野党は存在しません。メディアも政府に統制されています。民衆のデモも直ちに鎮圧されている模様です。
今のプーチン氏は自らを国家と一体化し、さながら皇帝のような意識でいるのではないでしょうか。2月9日、訪ロしたフランスのマクロン大統領との共同記者会見の場でプーチン大統領は、ウクライナのことを「私の美しいもの」と呼んだとか。この「私の」とは、すなわち「ロシア国家の」という意味なのでしょう。

ロシアでは一昨年、憲法が改正され、プーチン氏は法的に2036年まで大統領の座を維持することができるようになりました。彼を脅かす政敵はことごとく排除されていますので、どのみちプーチン氏には怖れるべき政治的ライバルはいません。この地位の安泰が彼をますます傲慢にし、無謀な行動へと駆り立てているように感じます。

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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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