かわらじ先生の国際講座~カザフスタン騒乱の深層

カザフスタンでは新年早々、燃料価格高騰に抗議するデモが全土に広がりました。トカエフ大統領はこのデモを外国勢力の教唆によるテロと断定し、非常事態を宣言するとともに、治安部隊には武装者に対し無警告で発砲する権限を与え、またロシア軍主導の「集団安全保障条約機構」(CSTO)軍部隊に支援を要請しました。他方、デモ隊の要求を容れる形で内閣を総辞職させ、「院政」を敷くナザルバエフ前大統領を事実上、政界から追放したようです。この2週間、カザフスタン情勢が非常にめまぐるしい動きを見せましたが、一体この国で何が起こっているのでしょう?

実のところ謎が多く、わたしにも真相がなかなか見えません。国際政治学者の六辻彰二氏による次の論考が、今のところ最も包括的かつ説得的に事態を説明しているように思われます。


ともかく事件の推移を「日誌」風に箇条書きしてみましょう。

・1月1日 LPG価格が前年比2倍に引上げられる。

・1月2日 燃料価格の引上げ反対デモがカザフ西部で発生。

・1月4日 デモが全土に拡大。

・1月5日 デモ隊、行政府庁舎に突入し治安部隊と衝突。

トカエフ大統領は主要都市(のち全土)に非常事態を発令。内閣を総辞職。ナザルバエフ前大統領を安全保障会議議長から解任し、自らが議長に。国民に沈静化を呼びかける演説。デモを外国組織などによるテロと断定。ロシア軍主導のCSTO軍部隊に支援要請。

・1月7日 トカエフ大統領がテレビ演説。デモ隊を国内外の武装戦闘員と非難、警告なしで発砲するよう治安当局に命じことを明らかに。内務省は「犯罪者26名殺害、3000人以上拘束」と発表。

CSTO軍部隊がカザフスタンに(ロシア軍を中心に2500人規模)。

ベラルーシのルカシェンコ大統領、ナザルバエフ前大統領と電話会談。

中国の習近平氏、トカエフ大統領への支持を表明、混乱を企む外国勢力の策動を非難。

・1月8日 カザフ当局は、ナザルバエフ氏側近のマシモフ元首相を国家反逆罪の容疑で拘束したと発表。

・1月9日 カザフ当局は約6000人拘束、死者は164名と発表。

・1月10日 CSTO臨時首脳会議(オンライン)でトカエフ大統領はデモが「計画されたクーデターの試み」と主張。プーチン大統領はトカエフ氏支持を表明。

中国の王外相はトカエフ大統領の北京五輪開会式参加を歓迎と表明。

中露外相、電話会談。外部勢力によるカザフへの干渉反対で一致。

・1月11日 トカエフ大統領は下院で演説し、混乱の収束をアピール。CSTO軍部隊が13日に撤退を開始すると説明。スマイロフ氏を新首相に任命し、国民の生活支援と経済立て直しを約束。

混乱が収束しつつあることはわかりましたが、この「日誌」からどんなことが読み取れるのでしょうか?

まず読み取れるのは、あらゆる動きが不自然なほど迅速であるという点です。発端のデモにしても、これが自然発生的に生じたとすれば、全土に拡大するにはもっと日数がかかるはずです。瞬く間に全国に拡大し、しかも彼らの中には武装した集団がいること、また主要都市では行政府の施設が襲撃されるなど、政治的な意図が見え隠れしています。単なる民衆の自発的な蜂起とは思えません。

ではトカエフ大統領が言うように、外部勢力によるテロなのでしょうか?

そこがまた不可解なのです。外国の活動家たちが拘束されたと報じられていますが、それが誰なのか、どのような組織に属しているのか一切明らかにされていません。ロシアや中国は、カザフにおける「カラー革命」は許さないという言い方をしています。「カラー革命」とは、かつてウクライナで起こった「オレンジ革命」のような民主主義革命のことで、中露からすれば、米国のCIAなどの策謀です。しかし今回、米国はカザフスタンへの関与を全面否定していますし、カザフスタンや中露の当局者も、欧米の関与を主張しているわけではありません。もう一つ考えられるのは、六辻氏の記事にもあるように、イスラム系武装過激派集団の関与ですが、それとて何も具体的な証拠は挙っていません。

となると、はっきりしていることは何ですか?

明らかになったことは2点あります。第一は、ナザルバエフ前大統領がほぼ完全に失脚し、トカエフ大統領の力が強まったことです。ナザルバエフ氏は1990年以来カザフスタンに君臨し、2019年に大統領職をトカエフ氏に譲ったあとも、自らは安全保障会議議長として権力を保持し、側近や親族を要職につけて政財界に影響力を浸透させていました。トカエフ氏は内閣を刷新し、ナザルバエフ氏やその側近を政界から追放することに成功したとみていいでしょう。ナザルバエフ氏の消息は不明ですが、ベラルーシなど国外への脱出もあり得るかもしれません。最近ナザルバエフ氏とトカエフ大統領の対立が取り沙汰させていましたので、今回の騒乱を機に、トカエフ大統領が一気にナザルバエフ氏の追い落としを図ったとの見方も成り立つでしょう。
第二は、カザフスタンに対するロシアの影響力が大いに増したことです。ナザルバエフ時代のカザフは、ロシアのみならず中国や欧米とも良好な関係を築き、資源大国として自立の道を歩んでいたと言えます。中国の「一帯一路」にとっても枢要な国でした。しかしロシア軍主体のCSTO軍部隊を呼び入れ、プーチン大統領とほぼ連日コンタクトをとる中で、トカエフ政権はロシアを後ろ盾とし、その保護に頼る国家へ傾斜したのです。トカエフ氏自身もまた独裁色を強め、プーチン政権に範をとる強権的な路線を歩むことが予想されます。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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