かわらじ先生の国際講座~ベラルーシ、移民・難民を政争の具に

各種メディアの報道によれば、11月8日、ベラルーシ西部のポーランドとの国境地帯に約4000人の中東系移民・難民が殺到し、ポーランドへの越境を試み、それを阻止しようとするポーランド兵士12000人と深刻な対峙が続いているようです。一体ベラルーシとポーランドとの国境地帯で何が起こっているのでしょう?

実は移民・難民のベラルーシからの越境問題は、EUが旅客機の強制着陸問題でベラルーシに制裁を追加した6月以降、活発化していたものです。また、この移民・難民はポーランドだけでなく、ベラルーシと国境を接しているリトアニアにも相当流入しているといわれます。移民・難民の大半はイラク出身者(特に迫害の対象とされてきたクルド人)ですが、シリアやアフリカ大陸の出身者もいます。
彼らの多くは、ベラルーシからポーランドやリトアニアに入り、そこからさらに生活の場を求めてEUの主要国、とりわけドイツを目指しています。ドイツ連邦警察によれば、ベラルーシからポーランドを経由しドイツに入って拘束された越境者は、1月~7月まで計26名でしたが、8月に474人、9月に1903人、10月には5285人に達していたそうです(『読売新聞』2021年11月11日)。つまり今回の事態は、ベラルーシとポーランドの国境地帯だけのことでなく、EU(殊にドイツ)にとっての大問題なのです。

よくわからないことが2点あります。第一は、そもそも中東やアフリカの移民・難民がなぜ現在ベラルーシにいるのですか?第二に、なぜ11月初頭に彼らはポーランドとの国境付近に続々と集結し始めたのでしょう?

第一の点ですが、6年ほど前、シリア内戦を機に、多くの難民が欧州を目指したことはまだ記憶に新しいでしょう。今もこの人流はとまっていません。そして昨今は、ベラルーシがこれに一役買っているのです。すなわちベラルーシ当局は、欧州行きを望む人々への査証(ビザ)発給を緩和し、実体のよくわからない業者を通じて、トルコやドバイ、シリア、イラクなどから空路、ベラルーシにどんどん入国させているのです。むろん人道支援のためではありません。頃合いをみて、彼らを欧州へ送り込むのが目的です。人権を重んじるEUは、移民や難民の受入れを無下に拒むことはできません。しかし経済や治安の悪化を恐れる国民は、もうこれ以上外国人を入れることに納得できなくなっています。ベラルーシはこうしたEUのジレンマを承知のうえで、ゆさぶりを掛けているのです。

ベラルーシは移民や難民を政治の「道具」にしているのですか?

そういうことです。そしてその後ろ盾には、ロシアのプーチン大統領がいるとみて間違いありません。今回の出来事が大きなニュースになる少し前の11月4日、プーチン大統領はベラルーシのルカシェンコ大統領とオンライン形式で会議を開き、新しい「共通軍事ドクトリン」に署名しました。欧米から制裁を科せられている両国は、軍事同盟国としての結束を一段と強化させたのです。その直後、ロシア兵約9万人がウクライナとの国境地帯に集結しました。それとタイミングを合わせるように、ベラルーシとポーランドとの国境地帯に移民や難民が集められました。「集められた」と書きましたが、ベラルーシ当局が彼らの越境を助けたことはルカシェンコ大統領自身も認めています。

ではなぜ今、こうした問題が生じたのかという第二の問いに関してですが、まずロシアの事情からみると、最近、NATO軍の艦隊による黒海での軍事演習が目立っています。クリミアを併合したロシアにとって黒海は自国の縄張りですから、NATOの行動は領海侵犯であり、ロシアへの挑発です。それへの応答という意味合いがあるでしょう。そして、同盟国ベラルーシへの加勢という面も見逃せません。
ベラルーシでは昨年(2020年)8月、大統領選挙がありルカシェンコ氏が大勝しましたが、不正を糾弾する市民の大規模な抗議デモが起こりました。政府は反対派を逮捕し、デモを鎮圧しましたが、来年2月、憲法改正をめぐる国民投票を行うことを約束しています。それにEUが介入し、民主化を求める反政権運動が再燃することをルカシェンコ大統領は恐れています。プーチン大統領としては盟友を援護する必要があります。へたをすれば、民主化要求の運動はロシア国内に飛び火しかねないからです。そこでEUに「手出しをするな」と警告すべく、移民や難民の越境を脅しの手段に用いたと思われます。

「政争の具」にされた人々の状況が非常に気がかりです。国境地帯は氷点下の寒さで、ポーランド軍に越境を拒まれ野宿している人たちの中に凍死者も出ていると聞きます。この問題はどう決着がつくのでしょう?

EUと米国はベラルーシへの追加制裁を決め、ベラルーシ側は対抗措置として、EUへ天然ガスを輸送するパイプラインを遮断すると通告し、一時はかなり深刻な情勢となりました。しかしプーチン大統領が「仲介者」としてドイツのメルケル首相やフランスのマクロン大統領と会談を行い、ルカシェンコ氏もメルケル首相と電話で話し合うなどして、緊張緩和の方向に動いています。ベラルーシ当局は野営している人々の保護を開始し、一部の移民や難民は特別機でベラルーシの首都ミンスクからイラクへ帰国を始めたようです。すでに制裁を受けているロシアやベラルーシが今更引き下がるとは思えませんので、おそらくはEU側が何かしらの譲歩を行ったものと推測されます。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもある。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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