米国のバイデン大統領は7月8日、アフガニスタンからの米軍撤退を「8月31日に完了させる」と正式に表明しました。撤退の理由は何ですか?
まず、米軍がアフガニスタンに駐留することになった経緯を簡単に述べます。2001年9月11日、国際テロ組織アルカイダによる米国同時多発テロが発生しました。米国は、アルカイダを保護するアフガニスタンのタリバン政権を攻撃し、こうして20年に及ぶ「米史上、最長の戦争」が始まったのです。
なおタリバンとは、アフガニスタンを拠点とするイスラム教スンニ派の過激組織で、1996年から2001年まで同国を統治していましたが、米軍の攻撃で崩壊しました。しかし拠点をパキスタンに移して態勢を立て直し、国際テロ組織としてアブガニスタンの奪回を目論み、米軍及びNATO軍等と戦争を継続してきたのです。
2011年、アルカイダの最高指導者ウサマ・ビン・ラディン容疑者が米軍により殺害され、その後、米国へのテロ攻撃の可能性は著しく弱まったとの判断から、バイデン大統領は米軍撤退を決めたわけです。むろんそれだけが理由ではなく、この長期戦に米国民が倦み、撤収を求める世論が高まっていたこと、さらに米政府としても安全保障における主力を中国に振り向けようと政策転換したことが重要な要因となっています。
米軍が撤退しても、アフガニスタンの政情は安定するのでしょうか?
そこが大問題なのです。米軍の撤退が始まるとタリバンは勢いづき、いまやアフガニスタン全土の約7割が紛争地域と化し、国土の半分がタリバンの支配下にあるといわれます。こうした事態になることは米国側も承知しており、米情報機関の分析によれば、米軍の撤収完了後、現在のアフガン政府は半年から1年で崩壊すると予想されています。米政府はタリバン代表とも会合を重ねており、要するに、米国へのテロが止むならば、タリバンが政権を握ることもやむなしとバイデン政権は割り切っているように思われます。
ですが、それでは20年も軍事介入をつづけてきた国の姿勢として、無責任ではありませんか?
中国やロシアも、米軍の一方的な撤退を「責任を他国に押しつける行為だ」と批判し、アフガニスタン情勢への懸念を表明しています。中露もまた、タリバンの勢力拡大に危機感を募らせているのです。
そのへんをもうすこし詳しく説明してもらえますか?
まず中国についてみれば、タリバンの存在は2つの面から脅威なのです。第一は、中国の国家戦略である「一帯一路」への脅威です。パキスタンは「一帯一路」にとって要の国に位置づけられていますが、アフガニスタンでタリバンが主導権を握れば、彼らの影響力は隣国パキスタンにも及ぶでしょう。現にパキスタン国内にもタリバン勢力が存在し(「パキスタンのタリバン運動(TTP)」と呼ばれるイスラム武装勢力です)、彼らは「一帯一路」を中国による「侵略」だと決めつけています。そして第二はウイグルの問題です。TTPは、中国政府が新疆ウイグル自治区のイスラム教徒を弾圧していると非難し、反中国色を強めています。アフガニスタンのタリバンが、今後これを後押しすれば、中国としては由々しき事態です。
ついで、ロシアについてみると、ロシアが「裏庭」とみなす中央アジアへの脅威を挙げることができます。中央アジアは旧ソ連を構成し、ソ連崩壊後に独立した地域ですが、その一国であるタジキスタンには、ロシアが外国にもつ最大の軍事基地があります。先日、このタジキスタンに、タリバンに追撃されたアフガン政府軍兵士1000人以上が逃げ込んできました。混乱を恐れたタジキスタン政府は国境警備を強化し、ロシアの支援を求めたのです。またウズベキスタンでもイスラム過激派のテロ行為が活発化することを恐れ、同国大統領は7月5日、ロシアのプーチン大統領と電話会談を行いました。ロシアとしては、自らの「勢力圏」とみなす中央アジア諸国の安定が脅かされることを警戒し、また、自国にも1000万人以上いるイスラム民族の独立心に火がつくことを恐れているのです。
とすると、米軍のアフガニスタン撤退は、中露を困らせているわけですね。これは米中露間のパワーゲームという観点からすれば、米国を有利にしませんか?
たしかにそう言えますね。バイデン政権も当然そのような計算をしたと思います。
4月30日、米中露3国の政府高官がカタールの首都ドーバに集まり、パキスタン政府、アフガニスタン政府、それにタリバンの各代表とともに、アフガニスタン和平の道をさぐる会合を開きました。アフガニスタンの平和と安定は、どの国も望むことなのです。その点では利害は一致しています。
しかし実際には内戦の可能性は日に日に高まり、タリバンの政権奪回は避けられそうもありません。そこで米中露3国は、それぞれ別個にタリバンの代表者たちと交渉をしており、なんとか自国優位な情勢に持ち込もうと懸命です。
こうした状況下で、米国はタジキスタンやウズベキスタンとも交渉し、米国の軍事拠点を設けようと画策しており、それを阻止したいロシアとの間で中央アジアをめぐる綱引きが行われています。また、表向きは団結を誇る中国とロシアも、中央アジアにおける影響力をめぐって暗闘しています。さらにトルコも、米軍撤退後のアフガニスタンで存在感を強めようと外交を活発化させています。
大国はけっこう野心満々なのですね。まさにパワーポリテックス(権力政治)の現実を見せつけられるようです。そのなかでアフガニスタンの人々はどのような思いでいるのでしょうか?
それがいちばん肝心な点です。アフガニスタン北部の州では、4月上旬以来、タリバンがFM放送「ラジオ・シャリーア」を開始し、タリバンを称える曲を流しているそうです。そして「米軍を撤退に追い込んだ」と豪語し、祝賀式典を開く告知までしたという情報もあります。タリバンは1996年から2001年のアフガン統治時代、「シャリーア」という厳格なイスラム法に基づき、住民を抑圧してきました。抵抗する市民の虐殺を行ったとの証言もあります。その当時の恐怖政治がよみがえるのではないかと、国民は戦々恐々としているとも伝えられます。おそらく多くの難民が国外にあふれ出すでしょう。これに国際社会はどう向き合うのか。G7をはじめとする民主主義国は、その民主主義の真価を問われているように感じます。万一タリバン政権下のアフガニスタンが中露と折り合いをつけるようなことになれば、世界における民主主義の潮流はさらに衰退してしまうでしょう。
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