最近、中国政府のウイグル族に対する人権侵害が国際的な大問題となっています。米国のトランプ前政権はウイグル族への弾圧を「ジェノサイド」(集団殺害)と認定し、制裁を科してきましたが、今年1月にはポンペオ国務長官(当時)が改めてこれを「ジェノサイド」だとする非難声明を発表し、バイデン現政権も同様の立場をとっています。
3月22日にはEUも、中国がウイグル族への深刻な人権侵害を行っているとし、制裁措置をとる決定を下しました。EUによる中国への制裁は、1989年の天安門事件以来のことです。これに同調して米国、英国、カナダも中国への制裁を発動しました。このような一連の動きをどうみますか?
第一に、中国の少数民族であるウイグル族への政府当局者による弾圧の実態が、どんどん明るみに出されている点を挙げることができるでしょう。
第二に、欧米諸国は政府も世論も人権問題に関する意識が極めて高く、このような少数民族への迫害や弾圧に対しては断固たる態度をとることを常としています。ですから香港市民への締め付けと併せ、欧米はこの問題を決して見逃すわけにはいかないのです。
第三に、これは国際政治的な側面になりますが、人権問題を共有することによって米国とEUが関係修復を図っていることです。トランプ前大統領は、貿易摩擦をもってEUを「敵」認定していましたが、これはどちらの得にもなりませんでした。同盟強化を謳うバイデン政権にとってこのウイグル問題は、EUとの絆を取り戻す端緒となったといえます。
第四に、この問題は中国包囲網の一環と位置づけることができます。特にコロナ禍が猖獗を極めた昨年以降、中国のみが政治的、経済的、軍事的に国際的な影響力を増大させ、いわば「一人勝ち」状態となっています。中国の世界的プレゼンスの拡大を何とか抑制したいとの思惑が、ウイグル問題に対する欧米の共同歩調にも見て取れます。
中国政府はウイグル族への弾圧を全くのデマであるとし、全面否定していますね。実のところはどうなのでしょう?
中国での情報統制が強まっていますので、正確なところはよくわかりません。現地での取材に成功したジャーナリストや海外在住のウイグル人から寄せられる多くの情報、それらに基づく国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」等の報告から全体像を推測するほかないのが実状です。それでもメディアで報じられる具体的な事例や生々しい証言から、苛烈な弾圧が行われているのは間違いないでしょう。当局に摘発されたウイグル人は家族から引き離され、「職業技能教育訓練センター」と称される強制収容所で思想改造や中国語教育を受け、様々な労働に従事している由です。その数は100万人を越えるといわれています。約1000万人のウイグル族の1割が収容されている計算になります。その「再教育」過程で拷問や強制不妊手術が日常的に行われているとの証言も数多くあります。
それが事実とすると、なぜ中国政府はそれほどウイグル族を敵視するのでしょう?
敵視というより、中国人口の92%を占める漢族への少数民族同化政策の一環とみるべきです。中国には55の少数民族がいますが、そのなかで5番目に人口が多いのがウイグル族です。顔立ちも漢族とは異なるトルコ系の人々で、宗教はイスラム教スンニ派を信奉し、言語もトルコ語と共通点の多い現代ウイグル語を用いています。独立意識が強く、1930年代と40年代には「東トルキスタン」の建国を求めて立ち上がったこともあります。
イスラム圏と国境を接し、その影響を受けていることに中国政府は非常に神経を尖らせています。2009年には新疆ウイグル自治区の首府ウルムチで、中国統治に不満をもつウイグル人による大規模な暴動が起き、14年にはウルムチの駅で爆発事件が発生しました。それ以外にも多くの騒動が繰り返されており、中国政府はこれらをイスラム過激派に使嗾されたテロと断じ、その撲滅に乗り出したのです。2013年に発足した習近平政権は、この方針を徹底させ今日に至っています。
とすると中国政府によるウイグル族弾圧は、本来防衛的なものなのですか?
中国政府の側に立てばそうともいえます。テロや分離独立の策謀から祖国を守るという大義名分がありますので。まさに習政権が打ち出している「愛国」政策の実行です。それを人権軽視ないしは無視の非常にアグレッシブな手段で遂行しているのです。
欧米による制裁は効果をあげるでしょうか?また我が国としてはどう対応すればよいのでしょう?
制裁とはいっても、中身はかなり限定的です。ウイグル族への弾圧にかかわっていると目される団体や人物に対し渡航を制限したり、欧米における資産を凍結したりといったことにとどまります。そのこと自体はさほど中国の痛手となるものではありません。むしろ名目的な策と思われます。また「ジェノサイド」という呼び方も、国際世論への劇的な効果をねらった過剰表現の嫌い無しとはしません。無理矢理ウイグル族のアイデンティティーを奪い、漢族への同化を強要することは決して容認できませんが、これは「殺害」とは異なるからです。
この問題に対しては欧米とアジア諸国の温度差も明らかです。また先進国と途上国の間の認識も異なります。やや古いデータですが、2019年に日英など22ヶ国が国連人権理事会にウイグル族の状況を懸念する共同書簡を送りましたが、ロシアやミャンマーなど50ヶ国は中国支持を表明しました。つまり国連を通じて何事かを行うのも難しいでしょう。
欧米と日本の間にも対応の差があります。日本には人権侵害を理由として外国当局者に制裁を科する法律がありません。議員連盟は近々それが可能となる法整備に着手すると報じられていますが、今のところは欧米と共同歩調をとっているとはいえません。法律ばかりが理由ではなく、安全保障上我が国と難しい関係を有し、最大貿易相手国でもある中国に対しては、慎重にならなくてはならないという事情が日本にはあります。
我が国には約2000人のウイグル人が居住しているといわれますが、彼らは日本政府の立場に失望を表明しています。このウイグル問題は、緊迫の度合いを強めるミャンマー情勢とともに、日本の外交にとって大きな試金石となりそうです。欧米追随策がよいとは考えません。では、どうすべきか。これは課題とさせていただきます。
この問題を考えるうえで役立ちそうな「テレ東ニュース」の動画を一つあげておきますので、ご参考にしてください。
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