コロナ禍で経済的な打撃を受けている人が多い中、生活保護申請時に行われる扶養照会の問題点が、あちこちで話題になっています。扶養照会とは、生活保護を受ける人の3親等以内の親族に行政が連絡を取り、生活保護を申請している人の扶養をしてもらえないかと照会する仕組みです。
生活保護を申請した時、役所からその親や子ども、兄弟に連絡がいく #扶養照会
扶養照会が生活保護の申請への壁となっており、いわば、生活保護申請をさせないための「水際作戦」の機能を果たしてしまっている。(雨宮処凛)https://t.co/13iagTSKXK
— ハフポスト日本版 / 会話を生み出す国際メディア (@HuffPostJapan) February 16, 2021
生活保護の申請があれば必ず行うのかどうかは、自治体によってもばらつきがあるそうですが、「扶養が保護に優先する」ことや、行政の窓口にも専門家が多くはない場合もあることなどから、一般的に行われている様子です。中には「DV加害を行っていた親に、子どもの居場所を教えてしまう」といった不用意な照会もあります。暴力も含めた様々な事情から、音信不通になっていた親族に連絡が行ってしまい、双方ともにそれまでの生活が乱されたり、心身に痛手を負ったりすることもあるとのことです。
しかも法律上、扶養照会の実施は義務ではないのです。そのため、「扶養照会はしなくてよい」または「扶養照会をしないように」という趣旨の、明確な通達を国から自治体に出すなどして、扶養照会をやめてほしいという要望が広がっています。
国会でも取り上げられました。
田村厚労相
「義務ではございません
義務ではございません
扶養照会が義務ではございません」
小池晃議員
「だったらやめましょうよ」
(2021.1.28参院予算委員会) pic.twitter.com/qdQfFnDgah— EMIL (@emil418) January 28, 2021
実際のところ扶養照会を行っても、経済的支援に結びつく確率は1%程度しかありません。そしてそれは当然のことだと思います。ビル・ゲイツ並みの高収入があるならいざ知らず、普通は自分と子ども(せいぜい20歳代前半まで)、および配偶者を養うのが精いっぱいで(昨今は共働きが必要な世帯が多いのも周知の事実です)、それ以外の親族を扶養できるような経済的余裕のある人などいないでしょう。
貧困支援の専門家である稲葉剛さんは下の動画の中で、扶養照会は「三方悪し」だと言っています。生活保護と受けたい人にとっても、扶養照会される人にとっても心理的負担が大きすぎることに加えて、行政の担当者にとっても心理的負担が大きく、なおかつ手間がかかるばかりで前向きな結果はほぼ期待できないためです。
生活保護と扶養照会というと、かつてあった生活保護バッシングを思い出します。
そんな言葉を聞くたびに、2012年、この国に吹き荒れた生活保護バッシングを思い出す。芸能人家族の生活保護利用を発端に自民党議員が繰り広げたバッシングだ。https://t.co/P74ebzmNx7
— 👑👑美夜👑👑 (@miyalocked) January 15, 2021
この時に、記者会見して(泣いて)謝罪させられた芸能人の方を、私自身は全く知りません。どういう芸をしている方なのかも、全く存じません。ただ普通に考えて、「親を扶養せよ」というのは残酷なのではないかと強烈に思ったことを覚えています。
親が生活保護状態にあるということは、この方自身は親の経済的支援をほとんど受けずに、青年期から成人期を過ごさざるを得なかったということです。それだけでも社会的に不利です。また、この時は芸能人として売れていたかもしれませんが、芸能の世界は浮き沈みも激しいですし、自分の将来や、(家族がいるなら)家族の将来のために貯蓄もしたいでしょう。おひとりなら、将来的に家族を持ちたいから貯金したいと思うのも、当然のことだと思います。それなのに、「余裕があるはずなのに、親が生活保護を受けているとはケシカラン」というのはどうなんだろうと思いました。
そう考えると、扶養照会ももちろんやめてほしいですが、配偶者と未成年の子ども以外の親族を、個人が扶養する義務があるということ自体、不合理なのではないかと思います(日本の民法の扶養義務の範囲は諸外国と比べて広い)。
扶養照会の問題点については、こちらの動画でも詳しいです。扶養照会によって生活が攪乱されたりした方々の事例なども紹介されています。
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西垣順子<大阪市立大学 大学教育研究センター>
滋賀県蒲生郡日野町生まれ、京都で学生時代を過ごす。今は大阪で暮らしているが自宅は日野にある。いずれはそこで「(寺じゃないけど)てらこや」をやろうと模索中。老若男女、多様な背景をもつ人たちが、互いに互いのことを知っていきながら笑ったり泣いたり、時には怒ったりして、いろんなことを一緒に学びたいと思っている。著書に「本当は怖い自民党改憲草案(法律文化社)」「大学評価と青年の発達保障(晃洋書房)」(いずれも共著)など。