かわらじ先生の国際講座~外交攻勢をかける中国

中国の習近平国家主席が1月25日、世界経済フォーラムのオンライン会合で特別講演を行いました。

アメリカでバイデン政権が発足したことを意識しての内容で、「『新冷戦』によって他国を脅し、制裁を科することは世界を分裂や対立に向かわせる」「一国あるいは数カ国が世界に命令を下すことはできない」「貿易戦争は各国の利益を損なわせるものだ」「違いを尊重し、他国の内政に干渉すべきでない」等と主張し、世界経済を多国間で管理するための国際体制の強化や気候変動問題、新型コロナウイルス対応における国際協力を呼びかけました。これをどう評価しますか?

まずこのような国際会合の冒頭、中国に特別講演の場が与えられたという事実に注目したいと思います。国際社会がいかに中国を重んじているかがわかります。習主席もそのことを十分に承知し、リーダー国として、コロナ後の世界のあり方に関する提言を行いました。またアメリカの機先を制するような形で、トランプ政権がそうしたように中国を孤立させることは、だれの利益にもならないと諭すように語ったのです。先手を打ち、攻勢に出て、バイデン氏の出方を待とうという姿勢です。

それに対しバイデン新政権はどう反応したのでしょうか?

同日、サキ米大統領報道官が記者会見を行い、「中国への対応は過去数ヶ月と同じだ」と述べ、トランプ前政権同様、厳しい対中政策を続けていくことを明言する一方で、新しいアプローチの必要性にも言及し、中国に対し「戦略的忍耐」を持ちたいとも語ったのです。この「戦略的忍耐」が識者やマスコミの間で議論を呼びました。というのは、これはオバマ政権時代の対北朝鮮政策のなかで使われた用語で、北朝鮮が態度を変えるまで圧力を加えつつ忍耐強く待つことを旨とし、その結果、北朝鮮に核ミサイル開発のための時間を与えてしまったとされ、オバマ大統領の失策と評されているからです。バイデン政権が同じ概念を持ち出したため、中国への弱腰が懸念されることになってしまったのです。
さらにバイデン政権が同盟国の重視を謳っていることも、見方によっては弱気な姿勢の表れと言えなくもありません。もはや単独では中国と張り合えないから、同盟国の力を借りざるを得ないという意味でもあるわけですから。

第一の同盟国を自任する日本の反応はどうでしょうか。

菅首相は1月28日、バイデン大統領と電話会談を行い、同盟関係の強化と幅広い分野での協力を約束しました。とりわけ中国の海洋進出を念頭に置いた政策としては、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向け緊密に連携する方針を確認しました。またバイデン氏は、尖閣諸島を米軍が防衛することは、安保条約に定められたアメリカ側の義務であることを明言しました(『京都新聞』1月28日夕刊)。日本としては、中国公船による領海侵入が頻発していることから、中国側の動きを牽制する上で、東シナ海における米軍の存在が不可欠ですので、大統領から尖閣防衛義務の言質を改めてとったことは安心材料といえるでしょう。しかしわたしは、どうも日本の対中認識が一面的で、安全保障面に偏りすぎではないかと懸念しています。

それはどういうことですか?

日本の政府や国民の多くは、中国のことを軍事力と経済力ばかりが肥大した強権国家で、それ以外はまだまだ日本に後れをとっている新興国と見なしているところがありはしないかと感じるのです。しかし現在の中国は、日本がお家芸としている技術力の高さに関しても、日本を抜き去ろうとしているというのがわたしの率直な見方です。

具体例をあげてもらえますか?

対新型コロナウイルス用のワクチン開発が端的な例です。結局日本は自前のワクチン開発・生産に後れをとり、ファイザー製など外国品の輸入に頼らざるを得ません。かたや中国はいち早く製品化し、いまや積極的に「ワクチン外交」を展開しています。
地球環境問題でも中国は意欲を示しています。習近平氏は昨年9月の国連総会で、2060年までに中国の二酸化炭素排出量を実質ゼロにすると表明しましたが、12月の国連会合では2030年までの削減目標を引上げるなど、大変積極的です。

中国は現在、世界最大の自動車生産・販売国ですが、2035年をめどに新車販売はすべて環境対応型とすることを発表しています。50%は電気自動車を柱とする新エネルギー車、残りの50%はハイブリッド車で、通常のガソリン車は全廃にするとのことです。これは世界の自動車メーカーにも大きな決断を迫ることになり、日本の企業も下手をすると後れをとりかねず、ぼやぼやしていられません。
中国は2015年に「中国製造2025」という長期経済計画を公表し、次世代の情報技術やロボット生産など製造業の高度化を目指し、半導体や宇宙開発でも世界の「覇権」を握ろうとしています。「一帯一路」とともに壮大な国家産業戦略を立てているのです。

アメリカが新型コロナの猛威や政権交代をめぐる混乱で苦悩しているのに対し、中国ではいち早くコロナ感染を抑え込み、2020年のGDPが前年比2.3%の成長を記録したという報道を目にすると、民主主義が一党独裁の強権政治に敗れつつあるのではないかと思えてしまうのですがいかがでしょう?

たしかに民主主義の絶対的優位がぐらついている気がします。どちらが国民を幸福にするかと問われたら、わたしは迷うことなく民主主義だと答えます。独裁や強権政治を擁護することは信念に反します。しかし民主主義が今のまま立ち止まっていていいのか。民主主義も時代の試練にさらされる中で刷新しなくては立ち行かなくなるかもしれません。民主主義という思想的優位に安住して、中国型社会を見下ろしていると、足をすくわれかねません。中国の脅威は軍事や経済だけではありません。われわれの政治理念の正当性をもゆさぶっているのです。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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