かわらじ先生の国際講座~アレクセイ・ナワリヌイ氏拘束の深層

反プーチン政権活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏が今月17日、ドイツから帰国直後に、モスクワの国際空港で身柄を拘束されました。どういうことでしょうか?

日本でもけっこうニュースになっていましたね。

最近の出来事をかいつまんで説明しますと、昨年8月、地方選挙の野党応援のためシベリア入りしていたナワリヌイ氏が、突然体調の不良を訴え地元病院に入院しました。病院は毒物によるものでないと主張したものの、本人と家族の強い要望によりドイツの病院へ転送され、そこで治療に専念していました。一時は重体に陥っていた由です。ドイツ政府は医療検査の結果、ナワリヌイ氏の体内から旧ソ連が開発した化学兵器「ノビチョク」と同系統の神経剤が検出されたと発表し、いくつかの証拠からロシア政府の関与があったと断定しました。それを受けてEUはロシアへの制裁を発動しました。ロシア政府は関与を全面的に否定しています。

実のところどうなのでしょう?

英国政府も調査に乗り出し、ナワリヌイ氏の暗殺を計画したとされるロシア政府の工作員8名の氏名と写真を公表しましたが、ロシア側は一貫して否定しています(『日経新聞』2020年12月23日付)。ただし、この化学兵器は極めて機密性の高いものですから公的関与なくして使用できませんし、過去にもこれを用いた事件があって、欧米による捜査から政府工作員の仕業であることがほぼ突き止められていますので、ロシア政府が無関係だとは到底思えません。プーチン大統領の指令だとは断定しませんが、政治目的の暗殺計画であることはたしかでしょう。

ところで、彼がドイツからの帰国直後、治安当局に拘束された理由は何ですか?

ナワリヌイ氏は過去に横領罪で執行猶予付の判決を受けています。それで2018年の大統領選挙時にも出馬資格を剥奪されていたのです。今回も執行猶予期間中の出頭命令に従わなかったことから逮捕令が出された由です。さらに当局は、12月にも新たな横領容疑で彼を起訴しました。つまりロシア政府は、ドイツにいるナワリヌイ氏に対し、もし帰国すれば逮捕されることを事前通告していたわけです。

その警告を無視して彼は帰国したわけですね。

はい。自分は無実であり、プーチン政権の横暴を許すわけにはいかないとの信念に基づいて帰国に踏み切ったようです。これはロシア政府の計算違いだったかもしれません。

といいますと?

政府としては彼をドイツに亡命させたかったのでしょう。シベリアで重篤に陥ったとき、ドイツの病院への転院をあっさり許可したのもそれが理由だと思います。彼が亡命者になれば、もはやどんなに政権批判しようと怖くはありません。国民の多くはナワリヌイ氏を「祖国を捨てた裏切り者」と見なすはずですから。旧ソ連のブレジネフ政権も、反体制派をどんどん国外に追放し、無力化させましたが、それと同じ手法です。しかしナワリヌイ氏は命の危険も顧みず、また戻ってきたのです。

彼はそれほどロシア政府にとっての脅威なのですか?

そうです。いまやナワリヌイ氏はプーチン政権を公然と批判する唯一の政治活動家なのです。しかも彼には圧倒的な情報収集能力と発信力があります。インターネットを使って政権の汚職と腐敗を具体的に暴露し、プーチン大統領やメドベージェフ前首相が保有している不動産などを次々ネットにアップしています。ネットを通じ、情報提供者や支援者は国内外に無数にいますから、これほど手強い相手はいないはずです。

そういえばナワリヌイ氏の釈放を要求する民衆のデモがロシア全土でわき起こり、大変なことになっているようですね。

 Yahoo!ニュース 
ロシア当局、ナワリヌイ氏釈放求める支持者ら拘束 各地で反政権デモ(AFPBB News)...
https://news.yahoo.co.jp/articles/cb7d856d69fea20ffd2757630708968a4bc2ca49
【1月24日 AFP】ロシア各地で23日、勾留中の野党勢力指導者アレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)氏によるウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)政権への抗議の呼び

ナワリヌイ氏が帰国した目的も、ここにあったのだと思います。近年のロシア経済の低迷、汚職の蔓延、そして年金受給年齢の引上げ策への国民の反発に加え、新型コロナウイルス禍が猛威を振るい、さらには昨年末、プーチン氏の重病・引退説まで流れ、政権の威信は大きく揺らいでいます。
今年9月には下院選挙が予定されていますが、これは日本の衆議院選挙に相当するものです。この選挙で与党が勝たねば本当にプーチン政権はぐらついてしまいます。逆にナワリヌイ氏とその支持者達は、ここで野党の勝利を勝ち取り、2024年の大統領選挙にプーチン氏が出馬する可能性を断ちたいところです(昨年の憲法改正により、プーチン大統領は最長で2036年まで任期を延ばせることになりました)。
1976年生まれのナワリヌイ氏はまだ44歳。この若さも強みです。インターネットを駆使し、AIにも順応して自ら情報発信する行動力は、彼と同世代、そしてもっと若い世代を引きつける魅力となっています。今後ロシア政治の台風の目になることはまちがいありません。とはいえ、プーチン政権も全力で彼をつぶしにかかるはず。今年のロシア政局は相当の波乱が予想されます。
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河原地英武<京都産業大学国際関係学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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