かわらじ先生の国際講座~米大統領選のゆくえ

先日(8月11日)、民主党の副大統領候補にカマラ・ハリス上院議員が選ばれたと発表されました。これで共和党の候補者はトランプ大統領とペンス副大統領、民主党の候補者はバイデン前副大統領とハリス上院議員に決まり、役者が揃いました。いよいよ大統領選も本格化しますが、いずれの陣営が優勢なのでしょう?

新型コロナウイルスの感染が拡大した今春以降、各種の世論調査はずっとバイデン氏の有利を伝えています。7月初旬に米紙ワシントン・ポストとABCニュースが実施した世論調査によれば、バイデン氏の支持率は55%、かたやトランプ氏の支持率は40%。この数字は5月下旬の調査に比べ、バイデン氏が2ポイントのアップ、トランプ氏が3ポイントのダウンを示すもので、バイデン氏が一段と優勢になっています(7月20日付『日経新聞』)。また大統領選を左右すると言われる激戦州でも軒並みバイデン氏がリードしているのが現状です。

その要因は何でしょうか?

それは割とはっきりしています。第一にコロナ禍に対する対策の失敗。感染者、死者ともに世界の国々の中でずば抜けて多く、現在も1日あたり7万人を越える感染者を出し続けています。第二に白人警察官による黒人男性暴行死事件で米社会を揺るがせ、人種間格差の露呈と社会の分断を招いたこと。そして第三に、トランプ氏の支持を押し上げてきた戦後最長の好景気が終わりを告げ、リーマンショック以上の景気の低迷と大幅なGDPの低下、失業率の増加を招いてしまったこと。国民にとってはコロナ禍の感染拡大よりも、経済悪化のほうがはるかに深刻で、トランプ大統領離れを引き起こしているようです。

ということは、バイデン氏の支持率アップは彼自身の人気のせいというより、野球にたとえれば、相手のエラーで点数を上げたという感じなのでしょうか?

そういうことです。実際、バイデン氏は民主党のなかでも決して高い支持を得ていたわけではありません。民主党内で候補者を一本化する予備選では、バイデン候補は序盤で苦戦し、5位、4位と低迷、第4戦目でようやくトップに立ったのです。スピーチもうまくなく、いつも原稿に目をやりながら演説するスタイルは、メディアから「退屈」の烙印を押されています。よく言葉を忘れて言いよどむので、「認知症」ではないかと取り沙汰されてもいます。トランプ大統領は彼のことを「スリーピー・ジョー」(眠たいジョー)と馬鹿にする始末。さらにはセクハラ疑惑や中国企業との癒着など、スキャンダルの種には事欠きません。これからトランプ陣営が徹底的にそのへんを突いてくるでしょう。

どうやらバイデン氏は脇のあまい人物のようですね。ところで彼はどのような政策案を掲げているのですか?

「この国を取り戻す」ことをスローガンとしています。すなわちトランプ政権によってもたらされた経済格差の増大や人種間の対立を克服し、アメリカ国民の再統合を目指そうというわけです。また民主党左派のサンダース上院議員(彼も有力な大統領候補の一人でした)が看板政策として掲げていた国民皆保険に賛同し、低所得層の取り込みも図っています。そのための財源として増税(特に富裕層に対して)も視野に収めているようです。国際協調路線をとり、トランプ氏が離脱したパリ協定、WHO、TPPへの復帰もあり得ます。ただし「親中派」のレッテルは不利とみたのでしょう、トランプ大統領と同様、中国に対してはかなり厳しい姿勢を示しています。

とすると、ハリス氏を副大統領候補に指名したのも、その政策実現の一環と考えてよいのですか?

そのあたりが微妙で、実のところ、わたしはあまりバイデン氏を買っていません。そもそも彼には「大統領になってこれを実現したい」という強い意志が感じられないのです。その点では、トランプ氏のほうがはるかに覇気があるし、迫力も勝っています。バイデン氏自身も、自分は次世代の民主党リーダーとの「架け橋だ」と述べています。つまりリリーフピッチャーみたいなもので、勝利投手を目指しているのではありません。あくまでも「つなぎ」でよしと考えている志の低さが気にかかります。かりに当選すれば78歳という史上最高齢の大統領になるわけですから、自ずと限界もあるのでしょうが、しかしこの危機的な激動期に、このような弱い大統領で本当に大丈夫なのだろうかと心配になります。

おそらく彼自身もその弱さを自覚しているのではないでしょうか。それゆえに自分よりもずっとバイタリティーと華のあるハリス氏を副大統領にしようと考えたのではないでしょうか?

そういうことでしょう。バイデン氏は第二期目は目指さないと公言していますから、自分の後継者としてハリス女史を念頭に置いているのかもしれません。彼女はジャマイカ系の父とインド系の母をもつ移民2世。「女性版オバマ」の異名もとっています。検事出身の中道穏健派とされていますが、舌鋒の鋭い弁舌家です。これからの大統領選の見所は、「トランプVS.バイデン」よりもむしろ「トランプVS.ハリス」となりそうな様相を呈してきました。大統領選の投開票日は11月3日ですが、これからあと2ヶ月半、トランプ陣営も死に物狂いで戦うでしょうから、まだまだ何が起こるかわかりません。バイデン陣営もハリス氏の抜擢が吉と出るか凶と出るか。やや不謹慎な言い方ですが、ようやくアメリカの大統領選挙が面白くなってきました。
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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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