政府は7月14日、『令和2年版 防衛白書』を公表しました。中国の軍事行動に対し「安全保障上の強い懸念」が表明され、特に「尖閣諸島周辺において力を背景とした一方的な現状変更の試みを執拗に継続しており、強く懸念される」という文言がかつてなく厳しいもので、各新聞も大きく取り上げていました。これについてどう見ますか?
「執拗に」という語は初めて使われたそうで、新聞の見出しにもなっていましたね。日本側の嫌悪感を前面に出した、思い切った表現に踏み込んだのでしょう。なお、この『防衛白書』は、「防衛省・自衛隊」ホームページで全文読むことができます。
「執拗に」という言葉は、「ダイジェストのPDF 第Ⅰ部」の「中国」の項に出てきます。中国の軍事行動に関する詳細な記述は、「本編のPDF 第1部 第2章 第2節」にあります。本編の記述をみると、この30年間における中国の軍事費の増大には目を見張るものがあります。とりわけ海空軍の展開が注目されます。よくニュースになる東シナ海や南シナ海だけでなく、日本海、太平洋、インド洋、そしてソマリア沖まで中国の軍事的プレゼンスが広がっているのですね。中国は何を目指しているのでしょうか?
経済力と軍事力は正比例します。中国は経済だけでなく軍事面でも、アメリカにとって代わろうとしています。海洋覇権をめぐって米中の熾烈な競争が行われているのです。
わが国としては近海における中国の動きが不気味です。特に新型コロナウイルスが世界に蔓延した3月以降、中国の海洋活動が活発化しています。最近の新聞記事を拾うだけでも、中国公船による領海侵入や接続水域への航行が頻発しています。
たとえば4月には、中国の空母「遼寧」が沖縄本島と宮古島間を初めて往復したそうです。6月17日には、中国公船4隻が尖閣諸島の接続水域(領海の外側約22キロ)を航行しているのが確認されたとのことですが、接続水域での航行は65日間連続で、これは2012年同諸島の日本による国有化以降、最長だそうですね。6月18日には鹿児島・奄美大島周辺の日本の接続水域を中国の潜水艦が潜ったまま航行したとか。そして7月初旬には尖閣諸島・大正島沖の領海に中国公船が侵入し、39時間以上居座って、同月5日に領海を出たようですが、この領海滞在時間は、過去最長の由です。これは日本に対する挑発行為とみていいのでしょうか?
まず「公船」とは政府の船です。より正確に言うと、日本の海上保安庁に当たる海警局の警備船です。中国にすれば尖閣諸島(中国名では釣魚島)は自分たちの島なのだから、その周辺を警備して何が悪いかということになるのでしょう。ですから、この船が日本の漁船を追い回すようなこともしているようです。ただ、ちょっと怖いのは、2018年7月に海警局が中国軍・中央軍事委員会の指揮下にある人民武装警察部隊(武警)に編入されたことです。警備目的の公船が軍と一体化し出しているのです。現にこの公船には、砲撃できる装備があるようですから、軍事的行為も辞さずという構えで日本側にプレッシャーをかけているとみていいでしょう。
中国によるこの強硬策の意図は何なのでしょう?
いくつかの説があります。時期的なことを考えると、コロナ禍と何らかの関係があるのは確かだと思います。コロナ禍で経済の停滞を招いた習近平政権が、国民の不満解消を対外的な強硬策によって行おうとしているとの見方もありますし、コロナ禍で対外政策に手が回らないアメリカを尻目に、一気に軍事的拡大を図ろうとしているとの説もあります。とはいえ場当たり的な行動ではなく、「一帯一路」路線に沿った中・長期的ヴィジョンに立つ戦略だと思われます。
これに対し日本はどうすべきですか?
非常に難しい問題ですね。中国側の領海侵入に対処すべく海上自衛隊が出動するなどということになれば、軍事衝突を起こしかねません。尖閣諸島海域で紛争が生じれば、日中だけでなくアメリカ、台湾も当事者となりますし、在韓米軍が動けば朝鮮半島も巻き込まれます。ロシア海空軍も中国をサポートすべく日米を牽制する行動をとるかもしれません。戦火がどこまで拡大するか予測できません。結局、そのような事態を招かないためには、外交ルートを用いるほかありません。
実は6月22日、沖縄県の石垣市議会が、尖閣諸島の住所地の字名を「登野城」から「登野城尖閣」に変更する議案を可決し、10月1日(よりによって中国の建国記念日)に施行することとなりました。これに中国政府が反発し、取り消しを求めましたが、日本政府は「地方議会の決定は変更できない」と拒否したそうです(『京都新聞』7月20日付第2面)。地方議会云々は詭弁というべきで、これは日本側が故意に中国の神経を逆なでし、「一方的な現状変更」を行った愚策です。こういう姑息な政策の積み重ねが国を滅ぼす道に通じていることを為政者は理解していないのでしょうか。暗澹たる気分になります。
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