5月18日と19日、世界保健機関（WHO）の総会が開かれました。ただし新型コロナウイルス禍のさなかですので、オンライン（テレビ電話）方式での会議となりましたが。ところで、この総会には台湾が強くオブザーバー参加を望み、日米など10ヵ国以上がそれに賛同したにもかかわらず叶いませんでした。なぜでしょう？
台湾は国連に加盟していませんし、WHOのメンバーでもないため、正式参加はあり得ません。しかし新型コロナ禍への対応の迅速さや感染防止の成功例は、他国にとってお手本になりますから、普通に考えれば、オブザーバーとして招待するに価します。ですが、「一つの中国」を掲げる習近平政権は、少しでも台湾の独立を印象付けるような動きには断固反対しており、今回も台湾の参加を認めませんでした。その言い分が通ったということです。特に台湾の蔡英文総統は独立志向が強く、日米との関係を重視していますので、余計に中国は神経をとがらせています。
蔡英文総統といえば、つい先日、第２期目の就任式がありましたね。
はい、5月20日に行われました。再選を目指した蔡英文総統は1月の選挙で大勝しましたが、その就任式です。式典では、アメリカのポンペオ国務長官の祝辞が紹介され、日本からは安倍首相の実弟である岸信夫衆院議員のビデオメッセージも放映されたそうです。蔡氏は就任演説で、中国が唱える「一国二制度」による中国との統一を改めて否定し、中国との「平和、対等、民主、対話」路線を確認しました。
台湾はあくまでも中国との対等な関係を望んでいるわけですね。初歩的な質問で気が引けるのですが、台湾は国家ではないのですか？
少し歴史をおさらいしますと、第二次世界大戦中まで中国の正式な国名は中華民国で、蒋介石総統が国家元首でした。しかし大戦後、中国は蒋介石が率いる政府軍と、毛沢東が率いる共産党軍との間の内戦に陥り、1949年に共産党軍が全面的な勝利を収めたのです。蒋介石たちは台湾に逃れ、そこに亡命政府をつくりました。アメリカが主導権をにぎる国連は、長らく蒋介石政権を正式な中国の代表と見なし、共産党政権を無視し続けたのです。しかし国際情勢の変化のなかで、1971年に国連総会は中華人民共和国を正式の国連加盟国とし、中華民国（台湾）を国連から追放したのです。その後、アメリカも急速に共産中国との関係改善を進め、日本も1972年に中国との国交を正常化させました。こうして台湾は国家でなく一地域という扱いになりました。ただし独自の政府をもち、貿易も従来通り行っていますし、アメリカも中国が力づくで台湾を併合しないよう防衛して今日に至っています。
しかし昨今の中国は、台湾の併合をかなり本気で考え始めていると聞きましたが、本当ですか？
実は昨年（2019年）1月2日、習近平国家主席は北京で台湾に関する演説を行い、祖国統一は必然であると表明するとともに、「平和統一」路線を堅持するとしながらも、「武器の使用は放棄せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す」とも述べたのです。これは対米接近を図る台湾、そしてアメリカへの恫喝ともいえるでしょう。
中国はそんなに台湾併合に自信があるのでしょうか？
そこが大いに問題なのです。中国は台湾に対し、いまの香港と同様の「一国二制度」を適用しようと考えています。しかしご存じのように、今香港では、中国が導入しようとしている「国家安全法」に反対するデモが再燃し、大変なことになっています。昨年以来、香港では中国本土への反発が強まる一方で、習近平政権の頭痛の種です。ましてや台湾を併合する余裕などとてもありません。さらに新型コロナウイルスの感染拡大の責任を問われ、国際的にも中国は不利な状況下にあります。逆に台湾は感染を見事に終息させ、国際的な評価を一気に高めました。中国が台湾との統一を進める正当性は見いだせないのが現実です。習近平政権としてもいら立ちを禁じ得ないでしょうが、アメリカが最近、その中国をさらに怒らせる行動に出ました。
それは何ですか？
トランプ政権が台湾に対し、総額１億8000万ドル規模の武器輸出を承認したのです。台湾はあくまでもアメリカ陣営にとどめておくのだというトランプ大統領の強い意思表示です。
台湾は今や米中対立の最前線に立った感があります。米中双方の出方次第では、一触即発の事態になりかねない危険が高まっています。これは大変憂慮すべきことですが、今後台湾は、この米中対立を利用しながら、自らの自立を維持する方途を探っていくものと予想されます。
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河原地英武＜京都産業大学外国語学部教授＞
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。