かわらじ先生の国際講座~日韓対立の源――65年体制の終焉

韓国は日本の輸出規制措置に対抗し、GSOMIAの破棄を通告したばかりか、今月18日には日本を輸出優遇国から除外しました。観光庁の発表によれば、今年8月に日本を訪れた韓国人旅行者の数は、前年同月に比べ48%減だそうで、壊滅的な打撃を受けている日本の観光地もあるとか。両国の対立はまさに泥沼化していますが、いったい出口はあるのでしょうか?

残念ながら政府間レベルによる解決の見通しは立っていません。日本のテレビのワイドショー番組などを見ていますと、最近は専ら韓国内政のごたつきを取り上げ、文在寅政権の崩壊間近を予想ないし待望するような論調が目立ってきました。

かりに韓国で政権交代が起これば、日韓関係はよくなるのでしょうか?

そう単純ではありません。もはや政府間の妥協で乗り切れる問題ではなくなりました。65年体制という言葉を聞いたことがありますか?それが今、崩壊しようとしているのです。

もうすこし詳しく説明してください。

そのへんについては、8月31日付「朝日新聞」の「耕論」欄で小此木政夫氏(慶応大名誉教授)が分かりやすく述べています。その論旨を要約しますと、1965年の日韓基本条約と請求権協定は、経済発展を優先する韓国の軍事政権が民意を抑え、戦時中の日本による植民地支配の不法性を不問に付したまま、日本の経済協力と引き換えに結ばれたものでした。したがって韓国で軍事独裁政権が続いている間は、歴史認識問題が大きく浮上することはありませんでした。しかし韓国が民主化され、三権分立が実現すると、人権問題として日本の植民地支配が議題に上るようになったです。長らく政権に抑えられ、いちばん民主化が遅れていたのは司法府でした。その司法府がようやく政治権力から独立し、自らの意志を取り戻したのが、元徴用工に関する大法院判決だったわけです。このような事態が生じたのは文在寅政権誕生以降のことではなく、李明博政権期の2011年から2012年にかけてのことであったことにも留意したいと思います。

つまり韓国の軍事独裁政権が締結した日韓基本条約や請求権協定は、戦後処理を曖昧にし、民意を反映しない不当なものだというわけですか?

たしかに民意を反映しない政権によって「過去のことはこれで決着済み」とされたら、韓国の人々は到底納得できないでしょうね。ただ問題は、韓国の軍事政権だけにあるのでなく、当時の日本の政権もまた「同じ穴のむじな」という側面がありました。

どういうことですか?

つまり日本国民のあずかり知らぬところで、日韓の政治家同士が金権による癒着を強めていたのです。この点については「週刊ポスト」(9/20・27合併号)がなかなかよい特集を組んでいます。同誌はその前の号で、「韓国なんていらない」という過激な見出しを掲げて炎上し、ただちに謝罪するという失態を演じましたので、今回は歴史的事実を検証するという手堅い内容の記事にしたようです。ともかく、その特集記事によれば、1965年に日本政府は、韓国に5億ドル(当時の韓国の国家予算の2倍)の経済協力を行うことで合意しました。しかしこれが日韓の政治利権となり、日韓の政財界が「利益共同体」化するのです。すなわち「日本からの経済協力は現金ではなく、日本政府が日本企業から車両や重機が工作機械などを買い上げて韓国に渡したり、日本企業がインフラや製鉄所などを現地に建設したりするという」構図が出来たのです。日本の商社やメーカーはこの資金で次々韓国に進出し、援助を受けた韓国企業の中から財閥が生まれてゆきました。こうして両政府間、そして政府と企業間に金権癒着の構造が出来てゆきます。この癒着構造が韓国の軍事政権と日本の自民党一党体制を支えてきたわけです。

つまりその構造こそが65年体制と言われるものの実態だったのですね。

はい。ですから事は単に慰安婦や徴用工の問題にとどまりません。長らく続いた日韓両政権のなれ合い体質そのものにメスが入れられているということです。いまの対立をみると、日本側のほうがその体質にまだ未練があるのでしょう。なんだか韓国に「復縁」を求めていちゃもんをつけているようにも見えるのです。
韓国側は慰安婦問題や徴用工の問題を人権や人道の観点から提起しています。つまりこれは国家ではなく市民の立場からの告発です。ところで冷戦後の世界は、人権や人道がいちばん大切な価値観とされています。とすれば、国際世論は韓国の側の主張を正当と見なします。ところが今の日本人の多くは、いまだに国家の論理に縛られ、何かと言えば「反日」だ「親日」だといった言葉を連呼しています。自分を国家と同一視し、市民としての普遍的な意識を持てずにいるのです。あえて断言しますが、個を尊重する人権や人道の点でいえば、韓国の国民のほうが日本よりずっと先を行っています。女性を大統領にする国と、内閣にお飾り程度に女性議員を入れているだけの国と、どちらが市民社会としての成熟を示しているかは明らかでしょう。わたしは日本人の旧態依然とした国家主義的意識に危機感をおぼえています。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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