9月も半ばだというのに、まだまだ残暑厳しいこの頃ですね。今回も皆さんの果敢な投句作品をしっかり読ませていただきました。
△朝焼けに白馬三山あかね色 蓉
【評】あかね色に染まった白馬三山(白馬岳、杓子岳、白馬鑓ヶ岳)はさぞ美しいでしょうね。ただ、朝焼けであかね色に染まるのは当たり前です。常識で(ということは、想像でも)詠める俳句はやはり迫力に欠けます。
△虫の声夕暮待つて鳴き始む 蓉
【評】季語で「虫の声」といえば、その段階でもう声は聞こえています。ところがこの句は、下五に至って初めて「鳴き始む」わけですね。それならば、上五で虫を鳴かせてはいけません。たとえば「ちちろ虫」など具体的な虫の名を置くのも一法でしょう。
△~〇観音の螺髪に鳶や雲の峰 モモッチ
【評】露座の大仏の頭に鳶が舞い降りたのですね。しかし〈螺髪に鳶や〉では今一つ止まった感じが伝わりません。すこし変調ですが〈観音の螺髪に憩ふ鳶や秋〉。
△ばさと来る揚羽捕へし鬼やんま モモッチ
【評】作者の自注によれば、〈ばさと来〉たのは、揚羽を銜えた鬼やんまとのこと。しかし読者は俳句を頭から読み、読んだ瞬間から次々と映像化するので、〈ばさと来る揚羽〉と来れば、揚羽のことだと思ってしまい、下五まで読んで「なんだ、鬼やんまがばさと来たのか」とイメージ修正しないといけません。〈揚羽蝶くはへ降り立つ鬼やんま〉くらいでいかがでしょう。季重なりになるのは仕方ありませんね。
〇伴僧の読経のびらか施餓鬼寺 音羽
【評】きちんと作られた句で特に欠点もありません。ただし「僧」と「寺」では意外性がないため、今ひとつインパクトに欠けます。もっと季語で冒険してみてもいいような気がします。
〇閘門の開くや秋の潮みつる 音羽
【評】秋らしい爽やかな情景が見えてきます。ただ閘門を開けば潮が満ちるのは当然なので、常識の範囲内の句にとどまっています。この情景をこれで作り止めにするのでなく、さらに二句、三句、四句と、別の角度から写生し続けると、五句目あたりでホームラン級の秀句が生まれるかもしれません。
◎新涼の筆圧ゆるく宛名書く 永河
【評】〈筆圧ゆるく〉がいいですね。まさに新涼の気分です。ペン先の太い万年筆でのびのびと文字を書いている感触がわたしのなかにも蘇ってきました。下五を動詞止めにしていますので、上五を「の」と軽く切る句形も申し分ないと思いました。
△~〇飴色の葭簀に染むる朝日かな 永河
【評】雰囲気はよくわかりますが、どこの(何の)葭簀か示されるとさらに具体的な景が見えてくるように思います。赤みを帯びた朝日を浴びれば、飴色になることは想像できますし、「染むる」も自明ですので、この「飴色」と「染むる」を削って、代わりに何か具体物を置いてはいかがでしょう。
〇スカートにまとはる風や今朝の秋 妙好
【評】軽やかで気持ちのよい句です。しかし今一つ情景がはっきりしません。街なかでの風景でしょうか、それとも野遊びの場面でしょうか。たとえば下五を「草の花」とか「大花野」とか、地理的な季語にすると、さらに具体性が増しますね。
〇病窓の父に手をふる秋夕焼 妙好
【評】お見舞いを終えて、病院の外に出てからの場面でしょうね。類句はけっこう沢山ありますが、実感のこもった素直な句です。
〇口ずさむ母校の校歌秋澄めり 多喜
【評】しみじみとした秋の風情が伝わってくる作品です。秋と校歌や寮歌を取り合せた句はいくつもありますので、オリジナリティーの点ではやや評価は下がりますが、十分に残せる句だと思います。
〇天辺の無花果の枝手繰り寄す 多喜
【評】自分の動作をさりげなく詠んだ作品で、印象としてはやや淡いものの、俳句はこのように気負わずに作るのが一番ですね。こうやって日常のなかから詩情を汲み出す努力を続けているうちに、ある時、ふっと天から授かったような秀句が生まれるものです。
△風鈴の風に応ふる音色かな マスオ
【評】俳句作家の陥りがちな陥穽にはまってしまいましたね。〈風〉と〈音色〉を擬人化し、その相呼応する様子にあわれを感じての一句だったのでしょう。しかし内実は平凡で、結局言葉(技巧)だけしかありません。詩とはもののあわれを詠むものという先入観が、しばしばこのような句をもたらします。俳句の原点は俳諧。すなわち和歌の嫋々とした風情やもののあわれを打ち捨て、俗に転じた向日性のバイタリティーが俳句の持ち味です。もっとすなおで大らかな表現を求めましょう。
△宗祇の名水に郡上の盆踊 マスオ
【評】俳句は禅問答ではありません。ここから読者に感動の詩因を探れと差し出されても当惑するばかりです。詩とは秋風のようにすっと人の心に沁み込むものでないといけません。つまり読者に何かを考えさせてはなりません。読んだとたん、読み手の胸がじわっと熱くなる。それが詩だと思います。
△群る亀や残暑の池に甲羅干す 織美
【評】初めから終わりまで亀のことを述べていますので、上五を「や」で切ってはいけません。また「群る」は「亀」の連体修飾となりますから、「群るる亀」としないと文法ミスになります。〈群るる亀残暑の池に甲羅干す〉が俳句として正しい形です。しかし情景は平凡で、特に感銘を与えるものではありませんね。
△~〇立礼に点前の乙女文化の日 織美
【評】うら若き女性が立礼式に(つまりテーブルに椅子という略式の形で)茶をたてているのですね。茶事にうといのでネットで調べました。もう一つ具体的な情景が描かれていると精彩に富んだ句になるのですが(このままでは説明調)、とりあえず何とか俳句にはなっていると思います。
〇白黒を反転させて稲光 万亀子
【評】もしかすれば類句はあるかもしれませんが、このような単純明快ですなおな句は好きです。力強さも伝わってきて、生きのよい作品になりました。
△秋夕焼番の烏を吸ひこめり 万亀子
【評】〈吸ひこめり〉がいけません。技巧に走っています。このような比喩に頼らず、すなおに写生してください。つがいの鳥は夕焼空のほうへ飛び立ってゆき、やがて見えなくなったのですね。その様子をもっと自然に表現できるといいですね。言葉(だけ)で相手を感心させようとするのは禁物です。
〇~◎涼新た手を携へて川船へ
【評】若い男女が駆け落ちする場面だろうか、などと想像したくなるドラマチックな光景です。こういう句はけっこう好きです。何より〈手を携へて〉がいい感じ。二人の前途を祝福すべく、わたしならもっと盛大な季語を置きたいところです。
△~〇号外の騒ぎ静まる秋燕
【評】静まったのは街の喧騒でしょうが、この「静まる」が「秋燕」にもかかるようで、ちょっと落ち着きません。〈号外の舞立つ広場秋つばめ〉など、もうすこし風景が見える描写に仕立て直してほしいと感じます。ついでに何の号外か気になるので、前書きがほしいところです。
次回は10月8日に掲載予定です。そのころには涼しくなっているでしょうか。
皆さんのご投句を楽しみにお待ちしています。河原地英武