Weekend Review~「仏果を得ず」

文楽を観たのは「夏祭浪花鑑」くらい。同じ作品を歌舞伎でも観ていたから、違いもあって結構面白かった記憶がありますが、今、思えば人形の動きしか気にしてなかったと後悔しています。三浦しをんの「仏果を得ず」は義太夫を極めようと情熱を燃やす竹本健太夫こと健の成長を描いた青春小説。扇子を投げて健を叱る厳しい師匠かと思えば、愛人には別人のように優しい銀大夫、健の相方となった三味線でプリン好きの兎一郎など変人揃いの技芸員たちながら、芸を極めようとする情熱が半端ない。更に上を目指して研鑽を積み、演目の解釈や登場人物の心情にシンクロしようと心を尽くす姿に圧倒されます。地元小学校で文楽を学ぶ小学生ミラちゃんと母の真智、健が住むラブホの管理人の誠二など脇役もユニーク。三浦しをんを「お仕事小説の旗手」と書いたものがありましたが、辞書を編纂する人たちを描いた「舟を編む」、林業を描いた「神去なあなあ日常」など、世間ではあまり注目されないジャンルの仕事にスポットを当て、その世界に情熱を燃やす人たちを知力的に描くのが、非常にうまい。
この作品が特に好きなのは、知らなかった文楽の世界への興味、大阪を舞台にしたキャラの面白さもありますが、上手くなりたいともがく健に「長生きすればできる」と兎一郎が言うところ。若くして亡くなった太夫もいて、「生きることだ。生きて生きて生き抜けば、(仮名手本忠臣蔵の)勘平がわかる」との声が聞こえる場面が印象的でした。恋の悩み、挫折、人との離別、それを仕事に生かせられるのは、生きていればこそ。「仏果を得ず」とは「仮名手本忠臣蔵」の原郷右衛門の台詞「仏果を得よ」に対し、「成仏なんか絶対にしない。俺が求めるものはあの世にはない」という健の心境を表したもの。好きな仕事で生きることを絶たれた京アニの事件、報われないブラック企業での労働に疲弊する若者、現実は甘くないけど、それでも、前向きに生きることを諦めたくない。その為にもお仕事小説で励まされる意味は、いくつになって大きいと感じます。(モモ母)

 

 


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