かわらじ先生の国際講座~外国人技能実習制度の実態

先日、NHKスペシャル「夢をつかみにきたけれど ルポ・外国人労働者150万人時代」を観て衝撃を受けました。日本で働くためベトナムから来た若者たちを追ったドキュメンタリーですが、過酷な労働条件のなかで、自ら命を絶つ人、事故で死ぬ人、脳梗塞で倒れる人など、まさに現代の残酷物語としか思えないような内容でした

せっかく留学生や技能実習生として来日したのに、なぜこんな酷いことになってしまうのでしょう?

まず、留学生とはいっても、出稼ぎが目的で来る人が少なくありません。外国人留学生は、週28時間以内のアルバイトが認められていますが、実際にはそれをはるかに超えて働いています。また受け入れ側もそれを黙認している現実があります。詳しくは出井康博『移民クライシス 偽装留学生、奴隷労働の最前線』(角川新書、2019年)をお読みください。

それから技能実習生についてですが、厚生労働省のホームページにはこう説明されています。「外国人技能実習制度は、我が国が先進国としての役割を果たしつつ国際社会との調和ある発展を図っていくため、技能、技術又は知識の開発途上国等への移転を図り、開発途上国等の経済発展を担う『人づくり』に協力することを目的としております。」ですから本来、彼らを労働目的として使ってはならないのです。しかし現実には、技能実習を名目に、彼らに不当で過酷な労働を強いています。

日本政府はそのことを知っているのですか?

はい。8月8日に厚生労働省はショッキングな統計を公表しました。

それによれば、技能実習生の受け入れ先である企業など(官庁用語では事業場)7334ヵ所を調査したところ、何と5160ヵ所が法令違反を犯していたというのです。これは事業場全体の70.4%です。違法内容の内訳は、第1位が長時間労働、第2位が安全基準の未達成、第3位が残業代の未払い、となっています。それにしても7割を超える事業場が、外国人実習生に対し違法行為を行っているということは、もはや違法というより、これが常態であって、関係者の大部分がこれを暗黙の了解として受け入れていたことになります。

なぜそんなことがまかり通っているのでしょうか?

日本側の事情からいうと、少子化傾向と相まって、農業・建設業・製造業などで労働力が大幅に不足するようになりました。特に重労働を強いる分野には日本人労働者が集まらないため、外国人に依存せざるを得なくなりました。留学や実習という名目を採用者側が悪用し、日本人であれば許されないような劣悪条件で彼らを雇い、いわば彼らを搾取して経費削減を図っているわけです。
他方、ベトナムなど途上国から来る外国人も、仲介業者やブローカーに対し、渡航費その他、多額の借金をして来日します(その額はしばしば100万円を越えます)。その借金を返すため、そして家族へ仕送りするために、どんな悪条件の下でも働かなくてはなりません。それに耐えかね失踪する人も後を絶ちませんが、そうなると不法滞在者になりますから、まともな職につくこともできず、もっと過酷な職場に行きつくか、犯罪の領域に踏み込まざるを得なくなります。

このような現状に対し、何か打つ手はないのですか?

昨年12月、出入国管理等の法律が改正され、今年4月1日から「特定技能」という在留資格が認められるようになりました。技能試験と日本語能力試験に合格すれば、人手不足が深刻な農業や建設業など14業種において、「日本人と同額以上」の賃金で働くことが保証されます。政府はこの新制度により、今後5年間で最大約34万人の受け入れを見込んでいます。

これで問題は解消されてゆくのでしょうか?

いえ、益々深刻化するように思われてなりません。厚生労働省の統計によれば、現在、在日外国人労働者の数は約146万人です。前年比14.2%の増加で、過去最高を更新したそうです。

これからも増加の一途をたどるでしょう。問題は彼らを単なる「安価な労働力」とみなし、われわれと同じ人権をもった人間だという視点が日本政府にも、国民にも欠けていることです。このままでは彼らを共生社会の一員として認めるのでなく、自分より下の階層として見下す風潮が強まるでしょう。
何年か前に、小林多喜二の『蟹工船』がベストセラーになり、漫画本化までされて若者にも読まれました。就職事情が悪化し、正規雇用されない人々が増え、格差社会の現実を突きつけられて、多くの人々が、非常な危機感をもつようになったことの表れだったと思います。現在はどうでしょう。就職事情は好転し、順調に就活している学生たちの多くが、今の政府の政策を肯定的に受け止めています。しかし問題は消えたわけではありません。声を上げるに上げられない非正規雇用者や立場の弱い外国人労働者たちに矛盾の多くが押し付けられているだけではないか。いま、とりあえず安泰な人々は、その現実を見ないようにしている。あるいは見えないよう目隠しされている。そんな気がしてなりません。
低賃金の外国人労働者を最底辺として、日本は非情な階級社会を構築しつつあるように感じます。19世紀にカール・マルクスが行った資本主義批判は、ことによると今の日本にぴったり当てはまるのかもしれません。冷戦終結後、社会主義は過去の遺物とされてしまいましたが、それでよかったのか。もう一度考え直す必要がありそうです。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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