かわらじ先生の国際講座~徴用工訴訟問題について思うこと

昨今の日韓関係はまさに冬の時代という感じですね。

街の本屋の雑誌コーナーを見ても、韓国を叩く論調の雑誌ばかりが目につきます。それらの表紙を見ると「『徴用工』というペテン」(『正論』2019年1月号)、「ユスリ タカリ 日本中が嫌韓ウェーブ!!」「呆韓国に知恵をつけた醜い反日日本人たち」「極左政権文在寅の淫謀だ」(『月刊WiLL』2019年1月号)、「〝徴用工〟判決を裁く!」「焚きつけたのは反日日本人」「韓国の知的レベルはこの程度」(『Hanada』2019年1月号)といった具合です。

日韓のあいだには、以前から竹島問題や従軍慰安婦問題などがありましたが、今年10月、韓国大法院(最高裁)が日本の企業に元徴用工への損害賠償金の支払いを命じたことで一気に緊張が高まった感がありますね。

はい。上の雑誌の論者の見解および日本政府の立場を要約すれば、1965年に日韓基本条約と日韓請求権協定が結ばれ、韓国に対する賠償はすべて終わっている。その代わり日本は、有償・無償の形で何億ドルもの支援を韓国に行ってきたではないか。法的に決着がついたことをご破算にして、さらに日本を糾弾するのは法治国家のすることではない、というものです。また、そもそも「徴用工」自体が虚構であって、その多くは自ら応募して日本で働き、待遇も日本人並み、あるいはそれ以上だったケースも少なくない。だから彼らを「徴用工」と呼ぶのは不適切で、「朝鮮人戦時労働者」という呼び名を用いるべきだとの意見もあります。

なぜまたこの秋から冬にかけて元徴用工訴訟問題が浮上したのでしょう?

実はこの訴訟は1990年代から行われていました。それが前面に出てきた背景には、韓国の政治事情もあるのでしょう。文在寅政権の支持率アップを図り、北朝鮮との関係修復を進める中で、日本を向こうに回したナショナリズムを鼓舞する必要があるといった事情です(徴用工や慰安婦の問題で韓国と北朝鮮は一致団結できます)。しかし、そのような韓国に対し、罵倒するがごとき日本の一部の論壇にわたしは強い違和感をおぼえます。

といいますと?

この頃論壇で「暗躍する日本の反日学者」とか、「反日メディアの正体」とか、「反日日本人」とか、何かというと「反日」というレッテルを貼ることです。自らを日本政府、あるいは日の丸日本と一体化させ、絶対的な正義の高みに立ち、批判する者をことごとく「反日」と切って捨てる論法ですね。彼らは自らに迫りつつある危機に気づかないのでしょうか。

どういうことですか?意味がよくわからないのですが。

いま声をあげている元徴用工や元慰安婦の方々は、このサイト名ともなっている「カナリア」です。「カナリア」とは第一に、世の中がゆがむとき、そのゆがみの影響をまっさきに受ける人、いわば最初の犠牲者です。そして第二に、そのような世の中のゆがみに対して警鐘を鳴らし危険を知らせる人です。戦時中、日本国民も多くの犠牲を強いられました。その犠牲の実態を最も端的に示し、そのことを日本国民に忘れるなと言っているのが、彼ら元徴用工や元慰安婦の人々だと考えられないでしょうか。

なるほど、一理ありますね。

沖縄の新基地建設に反対している人たちもまた然りです。彼らは「反日」的日本人でありません。今の沖縄は将来の日本の縮図です。沖縄の人々の奮闘はエゴイズムなのではなく、これからの日本のあり方に警鐘を鳴らすものでもあるのです。先週このコラムで、米露の核戦略のことを話しましたが、INF(中距離核戦力)を復活させることは、核戦争になっても米露は自らを安全地帯とし、日本などの同盟国に犠牲を強いる(すなわち同盟国を戦場とする)戦略にほかなりません。現体制に異議を唱える人を「反日」呼ばわりする人々は、自分もまた犠牲者の側にいるのだという自覚に欠けます。レイチェル・カールソンの『沈黙の春』ではありませんが、「カナリア」が沈黙してしまう社会をこそ恐れねばなりません。カナリアの声を「反日」というレッテルで封殺してはなりません。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰。


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