早川一光問わず語り~爆弾三勇士

京都・衣笠の自宅で孫と同居しながら療養を続ける早川一光医師は、今の日本がとても気になるといいます。画面をクリックして、早川の声をお聞きください。

今の日本は93歳の僕から見れば、かつて通った道であることは、間違いありません。それはどこでわかったかと言いますと、私の小学校3年の時に上海事変、それから「爆弾三勇士」。上海の馬賊が作った、悪い中国人が作った鉄条網を、爆弾を抱えたまま、飛び込んで行って、爆弾が爆ぜると同時に自分も爆ぜて亡くなったけども、向こう側に鉄条網に人が通れるだけの穴が空いたという。そこに兵隊がなだれこんで来て、中国へ先行した。これが中国の上海事変だという風に僕らは教えられた。
学芸会でも、僕、「爆弾三勇士」の一人の役割をやらせてもらって、もう嬉しくて嬉しくて、という。それが上海事変、支那事変、満州事変。経過を追って行くに従って、だんだん深みにはまってね。やがてはね、全面降伏する様な帝国主義を作ってしまった。この反省が、どうして今、再び日本が出来ないのか、これをね、一緒に考えるのが、総合人間学ではないかなぁ・・と思ってます。

※爆弾三勇士
上海事変(1932)の際、点火した爆弾ごと敵陣へ突入して日本軍の攻撃の突破口を開いた3人の兵士のこと。鉄条網に向かって全長 3mの破壊筒を抱えて突撃、壮烈な戦死をとげた。美談として報道され、国民は熱狂。歌や映画、演劇など、三人を題材とした作品が盛んに作られ、教科書にも掲載された。しかしこの軍国美談はメディアが作り上げた虚像の側面があり、特攻などの犠牲的精神高揚の役割を果たしたとされる。