かわらじ先生の国際講座~「解釈改憲」と自衛隊

「解釈改憲」とは何ですか?

正規の手続きを経て憲法を改正するのでなく、条文の解釈を恣意的に捻じ曲げ、実質上、憲法の中身を変えてしまうこと、とでも言えばいいでしょうか。主として憲法第9条をめぐり、この種の問題が指摘されています。

もう少し詳しく説明してもらえますか?

ご存じのように安倍首相は憲法改正を悲願とし、国会その他で事あるごとに実現への決意を表明しています。首相にとって憲法改正の中心テーマが第9条であることは、次の発言でも明らかです。

自衛隊を明記すべき場所は、戦力の放棄を謳っている第9条以外にありませんから、首相がまず改めたい憲法の条文は第9条だということになります。

そうだとすると、今の9条のままでは自衛隊は十分な活動ができないと首相は考えているわけで、先程の「解釈改憲」には至っていないことになりませんか?

そこです。安倍首相はなぜ定期的に、改憲への意欲を力強く表明するのか。わたしはそのことを不思議に思っていました。どう考えても今は国会で憲法改正を議論している場合ではないし、国民の大半もそれを喫緊の課題だとは感じていません。にもかかわらず、首相はまさに今こそ憲法改正に取り組むべき時だと大変な意気込みなのです。安倍氏の時代感覚はずれているのだろうか、などと訝しんできましたが、最近、疑問が解けた気がしました。

どう疑問が解けたのですか?

その見方はうがち過ぎだと反論されそうですが、あえて言います。安倍首相は本気で憲法を変える気はないのではないか。というより、もう変える必要はないのです。なぜなら第9条はとっくに死文化していますから。ただ、彼が憲法改正を訴えているうちは、「まだ憲法は変っていない。第9条の砦は崩されていない」と護憲派の人たちに思わせておく効果があります。そうやって護憲派の人々の関心を第9条に引き付けておきながら、現実の安全保障政策はすでに、そのはるか先を行っているのです。

はるか先とは?

自衛隊が海外で戦えるようにすることです。2014年7月1日に政府は「安全保障法制の整備」に関する閣議決定を行い、憲法第9条のもとでも集団的自衛権の行使は容認されるとの結論を出しました。この時に9条は形だけはとどめている燃え殻になったのだと思います。まさに「解釈改憲」が行われたのです。2015年9月、国会で安全保障関連法(政府は平和安全法制と呼んでいます)が成立しました。これで日本は、自国が攻撃されていなくても、その存続を危うくする脅威が生じた場合、日本国外で武器を用いて戦うことが合法化されたのです。
ところですべての戦争は「自存自衛」のために行われます。侵略を公言して行われた戦争はありません。「集団的自衛権」を認めてしまえば、事実上、あらゆる戦争に参加できます。安全保障関連法には海外派兵の要件として「存立危機事態」と「重要影響事態」が定められていますが、何がその「事態」かは為政者の判断次第なのです。

9条が「燃え殻」とは言い過ぎではありませんか?

現在、政府は中東への自衛隊派遣の本格的な検討に入っていますが、その際問題とされるのは、安全保障関連法との整合性です。ここで重要なのは、もはや憲法9条は引き合いに出されなくなってしまったことです。安全保障関連法に照らして問題なければ、中東へでも、どこへでも出て行けるし、事態が日本に「重要影響」を及ぼすと判断されたら武器使用も可となります。

物騒な話ですね。

現に自衛隊は、海外で米軍と一緒に戦うべく、実践的な訓練を積んでいます。次の動画をご覧ください。これは安全保障関連法が成立したのと同じ時期(2015年9月)に、米国ワシントン州で行われた日米合同軍事演習の様子です。↓

軍事演習は必ず具体的なシナリオに沿って行われます。上の動画はどのような事態を想定していると思いますか。自衛隊員が米兵と一緒に民家に押し入って銃を発射したり、遠くから集落を一斉攻撃したりしていますね。そのシナリオは軍事機密でしょうが、想像するに、中東の某国に捕らわれている米兵の救出作戦のように思われます。このような軍事演習がこの数年ずっと行われていることに留意しなくてはなりません。
冷たい言い方になりますが、「憲法9条を守れ」と唱えるだけでは、むしろ政府与党を喜ばせることになりはしまいか。まだ憲法9条は機能していると、皆を信じさせておくことに成功しているわけですから。もう9条は失われているという現実を直視し、それを認めるところから平和運動を立て直す覚悟が必要です。

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河原地英武<京都産業大学外国語学部教授>
東京外国語大学ロシア語学科卒。同大学院修士課程修了。専門分野はロシア政治、安全保障問題、国際関係論。俳人協会会員でもあり、東海学園大学では俳句創作を担当。俳句誌「伊吹嶺」主宰


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